ハヤシのブログ

物語創作、ピアノ・ショパン、漫画、クロノトリガー、社会問題などについて語ります。

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梅雨らしい天気(東京)ですね。
まずは短編集「パラレル・プライオリティ日本編」紹介。

11編目「梅雨の休日と和菓子」
静也と理沙の素敵な休日。梅雨の由来、和菓子の日とその歴史、6月の薬湯『ドクダミ湯』のことなど雑学満載。ハートフルなほのぼの小さな幸せ話。静也と理沙の学生時代のお話もちょびっと入ります。

11編目はこちら4か所にて。
「なろう」 http://ncode.syosetu.com/n2006cl/11/
「ピクシブ」http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5410286
「ディノベルズ」http://www.dnovels.net/bodies/detail/77888
「FC2」http://novel.fc2.com/novel.php?mode=tc&nid=198068

「パラレル~」は日本の風習や文化をテーマに、雑学満載でお送りしてます。
若夫婦のほっこりコメディです。

・・・・・・・・
本題入ります。

絶歌」が話題になっている。

被害者遺族側にしてみれば、事前に相談もなく出版されたことで、怒り、傷つき、出版差し止めを請求しているが、出版社は応じず、これからも増刷して、売っていくようだ。
※初版10万部。桁違いだな。

「日の丸街宣女子」関連記事で、「言論の自由」や「言論弾圧」について述べてきたように、犯罪者であれ出版する権利はあると思う。

ただし・・・このことで「サカキバラ事件」のことが話題になり、「少年A」の実名や写真がネットに出回り、著者である「元少年A」はそれなりの制裁を受けることになるかもしれない。

ここで作家の小池一夫氏の言葉を紹介。

転載。
・・・・・・・
小池一夫 ‏@koikekazuo · 6月13日
元少年Aの性格等が更生されていないなと思うのは、「センセーショナルなことを起こして世間の注目を浴びたい」という性質が改善されていないところだ。手記出版でまた世間の注目を浴びたいという性質は、校門の上に首を乗せたり、犯行声明文を新聞社に何度も送ったりした頃と何ら変わっていない。


絶歌」は、僕は読まない。内容以前に、被害者家族に本の執筆を伝えていなかったのは、先に伝えると本の出版が出来なくなる可能性が高くなることを知っていたわけで、「悪いと分かっていても自分の欲望を優先させ実行する」という、元少年の性根は変わっていないと判断した。(小池一夫)
・・・・・・・
転載終わり。


私も読まない。アマゾンのレビューを見れば、内容はなんとなく分かる。たぶん、読んだところで、少年Aの心理や感覚は理解できないだろう。

それよりも当時の家庭環境の詳細を知りたいが、そういった個人特定できてしまうものは書かれていないのだろう。

「人を殺してみたい」という気持ち=脳を持つ人は、ごくごく少数だけど存在するのだろう。
そして、それは『治る』のか???
脳の障害(生まれ持った性格、志向、性癖)はそう簡単に治らないと思うのだが・・・

小池氏が危惧しているように、この加害者の性根が変わっていないとしたら、彼はまた殺人を犯すかもしれない。
ならば、未来の犠牲者を出さないための有効な手段は、ただひとつ。この人物の実名、写真公開することだ。そうすれば、周囲の者は警戒できるので、殺されずに済むだろう。

ネットで実名や写真が出まわっているが・・・もし、これが加害者を指すものであれば、未来の犠牲者を出さない有効なものとなる。たとえ「加害者の人権侵害」になるのだとしても。

要するに加害者の人権を優先するか、一般市民の命を守る権利を優先するか、だ。

『人権派』は加害者の人権を優先するのだろう。
一般市民の権利は、結局、不確実なネットの情報に頼るしかない、のかもしれない。

さて、この「絶歌」の話題で、「天国からのラブレター」を思い出した。

光市母子殺害事件の被害者側遺族、本村洋さんの本だが・・・
本村洋さんと、殺された妻の弥生さんの、かなり個人的な手紙の内容が掲載されている。

当初、この本を読んだ時、驚いた。
あまりに個人的な明け透けな内容で、弥生さんの手紙の中には実名のお友だちがたくさん登場するからだ。
おそらく、この本が出たことで、実名で話題になってしまったお友だちの中に傷ついた人もいたのでは、と・・・この件については、本村さんに嫌悪感を抱いた。

そして、妻の弥生さん、こんな形で自分の手紙を公開されて・・・気の毒に思った。
絶対にやめてほしかっただろう。

私が弥生さんの立場なら、絶対にやめてほしい。
その手紙には友だちの悪口や愚痴も書かれているのだ。
これを友だちが知ったら、なんて思うだろうか?

私は、もし個人的悪口を言う場合、絶対に外へ漏らさない「信用できる人」にしか言わない。

この本を見た時、手紙っておそろしいな、と思った。

※そういえば「ショパン物語」を描いている時、ショパンとジョルジュサンドの手紙についても思った。超有名人は手紙も公になってしまう場合があるんだなと^^;

本村さんは同情されるべき被害者側であるが・・・
こういったノン・フィクション系の本を出版することで、傷つき不快な思いをする人は出てくるものなのかもしれない。この場合、本村さんは加害者となる。
弥生さんの手紙に出てくる友人たちに「掲載してもいいか?」の許可を取るべきだったのでは、と思う。

許可をとったのか、とらなかったのか・・・おそらく、許可をとってないと推測する。(文庫本で再登場したとき、友人知人に迷惑をかけた、と書いてある)

※「絶歌」だって、事前に被害者側遺族に許可をとれば良かったのに、あえてそれをしなかった。それは「許可しないことを分かっていた」からだろう。

私が、もし「この友人」だったら、許可しない。それだけ明け透けなことが書かれている。

ということで、再度、この本(というか、弥生さんの手紙)を読み直したので、そのことについて語ってみる。
(読み直しは文庫本で行った)

どれくらい「明け透け」なのか、というと・・・

合コンで、本村さんと弥生さんは知り合ったのだけど、当時、弥生さんの友だちの「中原さん」も一緒にいた。(みんな、18歳)

本村さんは、弥生さんとつきあいたかったが、弥生さんにはすでに彼氏がいると思い込み、中原さんとつきあうことにした。

本村さんは本の中で『断然、弥生の方が私(=本村さん)の好みのタイプだった』と書いている。中原さんとつきあうことにしたのは、弥生さんをあきらめるため、『その空白を埋めていた』のだと。

それからは、本村さん、弥生さん、中原さんは3人でよく遊んだらしい。

が、1か月くらいして、本村さんは弥生さんに告白する。中原さんとつきあっているのに。

で、実は弥生さんも本村さんに好意を持っていたということで、その時にキスしてしまう。
本村さんの交際相手だった中原さんは、隣で寝入っている。

(なんだかドラマか漫画の世界だな・・・)

そして、その日から、本村さんは中原さんと距離を置く。

本村さんの態度の変わりようを、中原さんは親友である弥生さんに相談するようになる。

1週間後、本村さんと弥生さんは、正直な気持ちを打ち明け、謝ったというが・・・当然、中原さんは自尊心を傷つけられ、二人を許せないだろう。

その後、弥生さんは、親友の彼氏を奪った女として、中原さんを中心とした友人たちから非難されるが、ま、仕方ないだろう。

で、弥生さんの手紙にはその「中原さんのこと」が、けっこう書かれている。

やっぱり読んでいる方としては、「中原さん」に感情移入してしまい、本村さんと弥生さんのラブラブぶりに引いてしまう。

いやあ、もしも私が中原さんだったら、酷く傷つき、わりと長く引きずるだろうな。多感な18歳だ。

私なら人間不信になるだろう。そして男性に対し、二度と心を開かない。20代の間は引きずりそうだ。
もし、仮に「つきあおうか」と言われても・・・
「ああ、この人は別に好きな女性がいるけれど、その人に振り向いてもらえる可能性が低いから、仕方なく暇つぶしに『つきあおう』と言っているのだろう。性欲さえ満たされればいいのだろう。おそらく私のことは好きではない」とか
「ほかに好きな人が出来たら、私などはポイッと捨てられるのだろう」と思うようになり、男性に対し警戒心を抱く。
二度と傷つきたくはないので、こういった恋愛ごとから身を引くだろう。

そして、ちょっと気になった本村さんによるこんな記述。

【女性は襲われた時、自分の命を守るためにその凌辱に甘んじることがある。死への本能的な恐怖から、成功をやめてしまう。しかし、死への恐怖すら乗り越えて、弥生は抵抗をやめなかった。最後の最後まで拒否し続けた。弥生は心から私を愛してくれました。だからこそ犯人に対し最後まで必死に抵抗し続けたのに違いありません。弥生は私以外の男に汚されることを命を賭して、拒絶したのです】

もしレイプ事件などの被害者女性がこの記述を見たら・・・何だかなあ・・・傷つく人もいるかもなあ・・・

話題をもとに戻します。

そう、この本、エッチつまりセックスについての記述もわりとある。

そしてその後、中原さんは弥生さんとも交流を再開したらしく・・・その頃には、中原さんは、ほかの男性、高原君とつきあうのだが・・・(とにかく実名で記述してあるので、びっくり。たとえ仮名にしたところで、周囲の人間には『それが誰だか』は分かってしまうだろうけど)

中原さんと高原君がエッチしたとき、コンドームが破れたらしく、それが「ベネトン」だったんで、弥生さんは「私も洋もベネトン使っていたけど、敗れたこと一度もないよね。」「私たちも気をつけなくちゃね」と手紙に残している。

その高原君、かなり貧乏らしく、あちこちに借金。デートの時の食事もガソリン代も中原さんが払っている、「高原君なさけない」などと弥生さんの手紙に書かれている。

そして弥生さん、ダイエットに励んでいたらしく、お友だちのことを「ゆかは細いけど、由佳里と雅美ちゃんはブヨブヨでした」「心の中で私の方がイケているって思った」んだそうだ。

またこんな記述もある。「今まで色々な人とエッチしてた由佳里」・・・
その由佳里さん、やっと幸せになれそうな彼氏ができたんだとか。

私が「由佳里さん」の立場なら、その記述、削除してほしいと思うだろうな。

で、本村さんと弥生さんは21歳のときに妊娠してしまい、本村さんはまだ学生だったにもかかわらず、結婚した。
「ベネトン」のコンドームは役に立たなかったのか? あるいは「コンドームしなかったのか」と思ってしまった。

ということで、本村さん、よくこの「手紙」を本として公に出したな、と驚いた。

まず、弥生さんと言い、本村さんと言い、「好き」「愛している」を臆面もなく、何度も何度も手紙に書ける人で、テレビで見る本村さんの印象がだいぶ変わった。

で、下ネタの類・・・

世代が違うからなのか、私なら恥ずかしくて、そんな手紙を公に晒そうとは思わない。
何しろ、友人への愚痴や悪口、マイナス面、友人にしてみればそんなこと公にしてほしくないだろうことが、けっこう書かれている・・・これら友人への気遣いは本村さんになかったのだろうか???

もちろん、文庫本後書きには(平成12年の本には、この「あとがき」はない。平成19年、文庫本になっての「あとがき」だ)・・・【妻の友人や親せきの方々には、知らなくてよいことまで知ってしまい、ご迷惑をおかけすることも危惧しておりました。実際に出版した後に、本当にご迷惑をおかけした方も多数おられますこのことについては、本当に申し訳なく思っています】と書かれている。

だが、なぜか、私は今回の「絶歌」と「天国からのラブレター」が重なった。

絶歌」出版で、被害者遺族の傷と、「天国からのラブレター」出版で、実名で登場している友人たちの傷と、同列に較べられないが、傷ついたという点は同じではないか、と。

いや、「中原さん」や「由佳里さん」や「高原君」や、ほかいろいろ出てくる友人知人、もしかしたらそれほど傷ついていないかもしれないが・・・
私が彼らの立場だったら、傷つく。なぜ、こんなことを公にするのだ、と。

そして弥生さんにこんなふうに思われていたのか、と、不快な思いをするだろう。
被害者である弥生さんをそう思わないといけない自分にも、やりきれない思いを抱えることになる。

もちろん、平成19年の段階では、皆、いい歳になっており、『昔の思い出』として捉えることができただろうが、平成12年の段階ではどうだっただろうか?

皆、まだ23歳か24歳だ。
まだまだ多感。
そして、この「手紙」の内容は、18歳から21歳までのことが描かれている。つい最近のことなのだ。

私なら恥ずかしいし、知らなくていい人にまで、そういったことを知られ、傷ついただろう。

実際の中原さんはどう思ったのかは知らない。
けど、もし私が中原さんの立場だったら・・・

本村さんに「つなぎ」で交際され、すぐに振られ、実は最初から「弥生さんが好きだった」ということで、自尊心を大いに傷つけられ、その後、本と言う形でこのことを公にされ・・・後につきあうことになる男性のことも、あまりよく書かれていなくって・・・なぜ、自分が本村さんにこれほど傷つけられなくてはならないのだろう、と思う。
「本村さんにとって、自分はまったく顧みられない、どうでもいい人間、傷つけてもいい人間と思われていたのだろうか? あるいは、この程度で傷つかないだろうと思われたのだろうか? そこまで自分は女性扱い、いや、人間扱いされない存在なのだろうか・・・」と、私なら思う。

本村さんはたしかに同情されるべき被害者側遺族だが、大いに違和感を持った。

アマゾンのレビューにもそういったことが書かれている。

まあ、真面目に見えていた本村さん(実際、真面目だろう)も、中原さんという女性に対し、こういうことをしていたのか、と・・・男性一般に不信感^^;
だって、あの本村さんでさえ、こういうことをするのだから。まあ、あの若さなら仕方ないといえど・・・

それに弥生さん、かわいいし、美人だしね^^;
実際、弥生さんはよくモテたらしい。本村さん一筋だったらしいが。
なので男性はああいったタイプの女性が好きなんだろうな、と。

なので、そうではない女性は「本村さんのような真面目な男性が相手でも、つなぎでおつきあいされ、最後にポイ捨て」されるのも覚悟の上で恋愛しましょう、おまけに、あとで公に晒されるかもしれません、と・・・この「天国からのラブレター」で思ったのでした。

つまり、この本の印象。正直言って「えげつない」
なので、本村さんと弥生さんのラブラブぶりも、ほほえましさよりも、鼻に突いてしまう。

そして、それは中原さんに感情移入してしまうからだろう。
おそらく弥生さんよりも、中原さんに感情移入してしまう女性は意外と多いのでは、と。

弥生さんの可愛さ、素直さ、甘えっぷりは男性からしてみれば「かわいい、愛すべき言動」だろうけど、容姿が良い若い女性だけに許された言動だな、とも思う。
それ以外の女性がやったら、あれは相当に「うざい言動」「嫌われる言動」に思われるだろうな、と。相性にもよるだろうが。

とはいえ、弥生さん、実家から遠く離れた光市の社宅で、あの若さで、赤ちゃんを一人で育て、その点は本当にすごい女性だと思う。(ただ出産直後から4か月ほどは実家のほうでいろいろ世話してもらったみたい)

本村さんはいつも帰りが遅く、そして腎臓病がいつ再発するか分からず、実際、就職して2か月間入院したこともあり、弥生さんが赤ちゃん連れて見舞いにいったりしているのだ。

今の「イクメン」=男性の育児参加など期待できなかった時代、子どもは母親が育てるもの、子育てを辛いなどという女性は母親失格という空気が健在だった時代だ。
本村さんも安心して家庭をまかせられる女性だったのだろう。
弥生さんの育児日記などに、全く「ネガティブなところ」「愚痴」がないことに、びっくり。

今現在、育児に悩んでいる女性や、育児を辛いと思う女性は、これを読んだら、自信なくすかも。弥生さんのように生きられる女性は、それほど多くないかもしれない。

弥生さんの育児日記と言うか本村さんへの交換日記(しかし本村さんはほとんど返事していない)には、ネガティブな記述がない。いや、ほんとうはキツくて大変だったけど、本村さんが目を通すということで、そういったことはあまり書かなかったのかもしれないが。

今の日本において、弥生さんみたいな人が結婚向き(子育て向き)な女性なんだろうな、と思った。(イクメンできるのは、まだまだごくごく一部の男性だけだろう)
愛情を素直に表現できる弥生さんの子どもも生きていれば、きっと愛情深く、素直でいい性格に育ったことだろうに。

反対に、愛情を表現できない人たち=不器用な人たち(ハヤシも含む)は、甘え下手で、どちらかというと人間関係に苦労し、疎外感を味わう側にしてみれば、本村さんと弥生さんは別世界の人間で、思いを寄せるのにあまりにも遠すぎる存在だな、と思ってしまった。

というわけで、不思議なことに、この「天国からのラブレター」を再読し、「愛されなかった加害者元少年」に思いを寄せてしまった。

もちろん、当時も今も、死刑判決は正しい、と思っている。
(あのような形で何の落ち度もない2人の人間を殺害し、償いようはなく、公平性という観点から「死刑」が妥当だと思う。これは刑罰・・・つまり罰なのだ)

けれど、父親に酷い暴力を振るわれて育ち、母親も父親の暴力で心身を病み自殺、そして父親はフィリピン人と再婚し、新しい赤ちゃんが生まれ・・・
愛されず、家庭というものから疎外されて育った加害者と、本村さんと弥生さんのラブラブぶり(もちろん、二人ともそれ相応に苦労し、弥生さんは母子家庭で育ち、本村さんは病気を抱え、努力してその幸せな家庭を手に入れた)を対比すると・・・不条理を感じた。

この本を知るまでは、『本村さん、頑張れ』の一点張りだったが・・・引いた。
本というのは、けっこう影響力あるな、と思った。

本村さんと弥生さんは今の世間が良しとする価値観にぴったり合った二人だ。大恋愛をし、若くして結婚し、子どもを作り、幸せな家庭を築く生き方。弥生さんは愛を表現しながら子どもを育てていただろう。理想の家族になったことだろうに。
犯罪に合わなければ、世間で言うところの「勝ち組」家族だ。(本村さんは新日鉄という在企業にお勤めだ)

ただ、その理想に全く近づけない人もたくさん存在するのでは、とも思った。
そういう人から見たら、本村さんと弥生さんは別世界の人間である。

そうそう、こんな意見を目にした。

もしも本村さんと弥生さんの容姿が、普通以下だったら・・・これほど世間の同情を集め、司法を変えるところ
まで世間を動かせただろうか、と。
もしも容姿が悪かったら、メディアもここまで取り上げなかったかも、と。

なんか、そんな意見に頷くところもあり、世間の本音を思うのであった。


・・・・・・
余談

話はちょっと違うかもしれないけど・・・
甘えベタで人と距離を置き、コンプレックスを抱え、世間でもおすすめの恋愛も苦手で、やがて世間から見下されるのだろう人たちに思いを寄せた。

あまり愛情表現されるような家庭で育たなかった場合・・・は、そういう子に育ってしまうかも?

けど、母親にしてみれば、育児にいっぱいいっぱいで、中には子どもにキツク当たったり、虐待めいたことをついしてしまったり、子どもに暴言吐いたり・・・そんな母親、あるいは父親も多いと思う。それほど育児は大変だ。

もちろん、本人の性格もあるだろうし、愛情表現がないから愛情がないとは言えないのだけど。

両親が厳しく、キリキリした中で育た子どもは、たぶん甘え慣れてない、甘えたいけどどうしたらいいか分からないので、一歩引いてしまい、自分も愛情表現が苦手で、人に壁を作ってしまうのだろう、と。
おそらく甘えても受け入れてもらえない、と。なにしろ、親に受け入れてもらえてないのだから、他人が受け入れてくれるはずがないと思ってしまう。

で、何かと「ごめんなさい」と口にする。遠慮することが多い。
そういう子はたいてい甘え下手で、なかなか人に心を開けないのだ。よって自信もない。

彼氏彼女どころか友人も少なく、いじめられっこである場合が比較的多い気がする。そして世間の一般人からもバカにされがちかも?(学生時代の私がそうだ)
でもそういう人、意外と多いのでは、とも思う。

そして、自分が創作している「パラレル・プライオリティ日本編」http://ncode.syosetu.com/n2006cl/またはhttp://www.pixiv.net/series.php?id=486383の静也と理沙のことも想像してしまうのだった。

彼らは、本村さんと弥生さんほどラブラブ表現はしないけど、仲の良い夫婦。若くして結婚し、子どもももうける。今の世間の価値観にあった夫婦だ。

作者ハヤシは世間の価値観に反発するほうであるが、やはり世間の価値観に合う人たちもうらやましく、そして遠い存在だな、と思いながら、「こういう生き方が出来たらいいよね。ま、昔の自分には無理だったけど」と「パラレル~」を書いているのであった。
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けど、「パラレル~」書いて、ほのぼの幸せな気分になれるくらいには、僻みもなく、今はあまり世間の価値観は気にならなくなってきているし、劣等感もあまり感じなくなった。(鈍感になったのかもしれないが)
楽しく生きるにはどうしたらいいか、それだけだ。
自分のキャラにも幸せに楽しく生きてほしい。

※反対に世間への反発・疑惑を描いたのが本編「プライオリティ」だ。なので、こちらは黒くてえげつなく、救われない場面もけっこうある。
プライオリティhttp://ncode.syosetu.com/n1557cj/ またはhttp://www.pixiv.net/series.php?id=471062

かつてほどではないにしろ、世間もまだまだ本音ではオタクを見下していると思う。
また石原元都知事の「ババア有害論」的な考えを持つ男性も割と多いと思う。

世間はけっこう底意地悪く、誰かを見下し、嘲笑せずにはいられない。レッテルを貼り、人をレベル分けし、優劣をつけたがる。

そういうことでは、在日コリアンも、ネトウヨも、オタクも、歳とった女性=ババアも、容姿に恵まれない人=世間が良しとする美の基準から外れている人も、中年童貞も、喪女も 非リアも、腐女子も、同じ仲間かもしれない。見下してくる相手はそれぞれ違うけど。

そして、他人を傷つける可能性がある出版の世界に、いろいろ考えさせられた。

人を傷つけてまで、それを出版したかったのか? 
(あとがきで、本村さんは「迷惑をかける可能性がある」と自覚していた)

いや、したかったんだろう。
人を傷つけてでも。

「絶歌」「天国からのラブレター」に、そんな共通点を感じた。

・・・・・・
では、私もほぼ同感・・・「天国からのラブレター」の他の人の感想

アマゾンより一部転載。

【ラブレターの中での、他人への侮蔑や非難。本村さんの思い。彼らの性格についてはさておき、本の中に登場する周囲の人々・本を読む人への気遣いがありません。
感情的になるあまり、配慮に欠けてしまったのかもしれません。
若さゆえの言動であったかもしれません。
しかし、それを本として形にする以上、気づかないうちに、彼らに関った人々やこの本を読む犯罪被害者に対して、彼らが「加害者」になってしまう危険性があります。
それを彼らが被害者であるからといって、私は「仕方ないよね」と流してしまえないものを感じました。

彼らにとってこの本は、本当にプラスになったのだろうか?
私個人にとっては、なんとも、後味の悪い1冊の本であり、本村さん家族に対する気持ちが少なからず、変化してしまった本でした。】


【一部の方がおっしゃるように金儲けの為とまでは思わないが、著者は稀に見る自己中心的で常識に欠ける人間だと思った。

ことわっておくと、勿論犯罪被害者としての彼の心情については、経験した事が無い私には計り知れず、慰めの言葉も見付からない。

しかし、彼がこの様な本を出版したのだから、敢えて言わせていただくと、犯罪被害者だからといって他の人よりも大きな権利を持つわけではない。
よって、手紙の公開の仕方は唖然。
人権やプライバシーという言葉を知らないのだろうか?
ネットではなぜか犯罪被害者=神聖不可侵になっているが、アマゾンのレビューは自分と同意見が多く安心した。

正直、この本の後で再婚話を聞き、妙に納得してしまった。 勿論再婚自体は自由意思で善悪を論じる事自体ナンセンスだが、この本で受けた印象と重ねると、個人的にはあまり好きになれる人物ではないと感じた。

個人的には、生まれた時から父に暴力を受け続け母は自宅で首吊り自殺という悲惨な18年の生涯を閉じる加害者と、彼に死刑を求め続けつつ新しい妻子を得て今隠せない程の喜びに満ち溢れている未来ある著者を比較すると、複雑な気分になるのは否めない。
あと、他人の彼とは比べようもないくらい悲しいはずの血族の方々の事も】


【この本はちょっと…。正直、私が同じことをされたらゾッとします。
イマドキノ若者言葉でいうと、イタイ内容だと思います】


【まず、倫理上よろしくない事(未成年飲酒の数々、偽造テレホンカード使用、道交法違反検挙での暴言等等)が内容にあります。 そして友人や親しい方への悪口や性生活に関する記述があり、非常に気分が悪くなりました】

【露骨な下ネタ(あそこの大きさがどうのとか、こんな下着を買ったなど)が満載なので実はR18ではないかと思います】

ほかのところからの感想

【弥生さんが書いた元親友への愚痴、
「あの子には赤ちゃんを見せたくなかった」とか、
「彼氏を取られる方も悪いのにまだねちねち文句を言っているらしい、ムカつく」とか、
そこまで載せちゃよくない気がする。】
・・・・・・・・・・・・・

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「日の丸街宣女子」関連の記事はもう終わりにしようとしていた矢先、またまた有田議員がネタを提供・・・
で、結局、取り上げることに。

これはもう当分、終わりそうもない?
有田議員、わざとこの問題を引き延ばしている? 逆に「日の丸街宣女子」を宣伝することになるのは自覚しているはずだよね?
ここまでくると、在特会とそれを支持する者たちとカウンター側との対立を煽り、お祭り騒ぎにしているだけのように思う。

では話題となった有田芳生議員の発言

転載

【サンデー毎日に「トキワ荘 ヘイトスピーチ騒動顛末記」が掲載されています。http://mainichibooks.com/sundaymainichi/  『日之丸街宣女子』のようにグロテスクな差別煽動コミックを描く作者を、漫画の聖地に招く企画に抗議が殺到するのは当然のこと。『街宣女子』はすでに差別街宣の象徴です】

転載終わり。

まず・・・
これを「言論・表現の自由への弾圧」とみるか、それとも「言論の自由である抗議という正当な手段」で、富田氏のイベントをつぶしたのか、の問題だが・・・

私は、【主催者が、富田氏とその作品を「差別煽動者、差別煽動作品」と冷静に判断されて、とりやめたのであれば、言論弾圧ではない】と思うが(その代わり、主催者に『富田氏とその作品を差別扇動者・差別作品とした理由』を問いたい)・・・
もしも、主催者の意に反し、そうせざるを得ない圧力がかかったんだとすれば、言論弾圧である。

ちなみに、この件について、私が「言論弾圧じみたこと」があったのだろうと推測した理由はこの点だ。

○富田氏を「干せ」「つぶせ」という言葉が飛び交っていたこと。
○主催者が、富田氏に無断で「早すぎる中止決定」をしたこと。富田氏に何の連絡もなしに中止決定する主催者側の異常な振る舞い→相当な圧力、冷静な判断ができないほどの何かがあったのでは、と推測される。
○後日、主催者と会ったとする富田氏の、それらを臭わせた発言内容は以下の通り。

https://twitter.com/A_T_GUN/status/605515700023656449より転載

【昨日、件の「紫雲荘ワークショップ」の方々と会って参りました。
会合の中身は何も言えないけど再確認。
今回の事は完全に「輩のゴロマキ」ですわ。まるきり拙作の拡大版。】

転載終わり。

もちろん、言論弾圧じみた行為というのは、カウンター支持者が私に指摘した通り、私の推測と主観でそう思ったということだ。
前のほうの日記では「言論弾圧」と断定した書き方をしたが、このことについては訂正します。

正しくは「言論弾圧じみた行為と推測される」であり、【私の主観】でこのブログ記事は書かれてます。当然ですね。

しかし、いちいち、こういうことを但し書きしないといけないのも疲れる。
「些末などうでもいいこと」のようにも思う。

それでも訂正しておきます。
「言論弾圧が行われた」→「言論弾圧じみたことが行われたと推測される(ハヤシの主観)」です。

そして、危惧するのは、これだけ圧力がかかれば、主催者側は権力者である国会議員に睨まれたくないので、不本意な証言を強いられるかもしれない点だ。

国会議員である有田氏など権力者がバックについているカウンター側は完全な強者だ。

さて、それに対するカウンター側の言い分(および有田氏も、そう思っているのだろう)はこうだった。
※ツイッターでハヤシは、カウンター側とやりとりをした。

「抗議は言論の自由」
「触法してない正当な抗議。言論弾圧ではない。問題があったなら警察へ訴えればいい」
「言論弾圧だと言うのは客観性がない、あなた(ハヤシ)の単なる主観」

ハヤシの反論。
「ならば在特会のデモも触法してないから正当であり、言論の自由である。在特会のデモがおかしいと訴えるそちらも主観で捉えているということになる」
「そちらが在特会のデモをおかしいと訴えているのと同じく、こちらも、カウンター側のやり方がおかしい、疑問を持っているということ」
「カウンター側が触法してないから正当と言うのであれば、在特会も正当ということになる」
在特会ものやり方もおかしいが、カウンター側もおかしい」

これを見ていた第三者の意見。
【言い争いの争点がどうでもいい】
【問題の本筋置き去り】
【もはや言葉尻の取り合いでしかなくなってるような言い争い】

すでに「問題の本質」置き去りで、単なる「あげ足取り」になっている・・・そのとおりである。
※これについては、こちらにて・・・http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2015-06-04


カウンター側が
「在特会を何とかするために、触法しない程度の抗議をしている。ある程度過激になるのは仕方ない。正当な行いだ」
とするならば

在特会側も
「自分たちの主張を広く訴えるために、触法しない程度に主張している。目立つために過激な言葉を吐いている。正当な行いだ」
と言えてしまうのだ。

実際、在特会の過激な発言は人の目を引き、有田議員などが騒ぎ立て、マスメディアも取り上げ、在特会は有名になった。
「日の丸街宣女子」も有田氏のツイッターでの発言で一挙に有名になった。

有田議員がやっていることは裏目に出ているのだけど、自覚がないのか、それとも、そういったことをわざとやり、対立を深めるように持って行っているのか?

有田議員は「相手を屈服させること」に熱を上げているだけに思える。
問題の本質は「なぜ、在特会のような団体が生まれ、大きくなり、支持者が増えているのか」だ。

単に「右傾化したから、日本が差別社会だから、ネトウヨが増えたから、自信のない人たちが間違った愛国心にすがり、結果、在日を敵視するようになったから」ではないだろう。

右傾化したのではなく、中国の脅威と言う現実問題を突き付けられ、現実に向きざるを得なくなった。
韓国が異常な反日だから、韓国を母国とする在日コリアンに警戒心を持つ日本人が多くなった。北朝鮮については、言わずもがなである。
そして、もし「間違った愛国心にすがっている結果、在日を敵視するようになった」というのであれば、なぜ、それが在日コリアンなのか? 在日外国人はほかにもたくさんいる。在日コリアンがターゲットにされた理由のひとつに、「かつてあったという税の優遇」(在日優遇策)や、左翼が仕掛けた「数万人と言われる朝鮮人の強制連行説」のウソなど、いろいろあるのではないか。

こういったことを無視している限り、たとえ在特会をつぶしても、第2第3の在特会が生まれるだけで、彼らの敵意は在日コリアンへ向けられる。
けど、有田議員はじめ一部左派は、おそらく本質に向き合おうとはしないだろう。己を100%正当したいがため、絶対にこれらのことを認めないだろう。

カウンター側も今のやりかたを反省しない限り、第三者からは「在特会とどっちもどっち」と思われたままだろう。けど、おそらく「在特会をつぶすための正当な行為」として、今のやり方を貫くのかもしれない。

なので、この対立はずっと続くと思う。

・・・・・・・・・

さて本題。
国会議員がなぜ、ここまで「ひとつの漫画作品」にこだわり、悪しざまに言い、言論弾圧じみた行為(私の主観ですが^^;)を煽動するようなことをしたのか。
異常に思える。

まず、作品中、差別表現がない。

富田氏のイベントをつぶした抗議は法的に何の問題もなく、正当な手段だと言うのであれば、在特会のデモも、法的に何の問題もない正当に行われたものとなる。

その触法しないデモ側を擁護し、カウンター側を悪く描いた漫画「日の丸街宣女子」は、もちろん「公平な視点で描かれた漫画ではない」かもしれない。
しかし、フィクションとはそういうものだ。

何度も何度も引き合いにして申し訳ないが、はだしのゲンは「日本軍を過度に悪く描いた漫画」であり、公平な視点で描かれたとは言えない作品だ。

「こいつは悪だ」と作家側が思えば、そう描かれてしまうのだ。

それなのに、なぜ「日の丸街宣女子」のみをここまで標的にし、表現の自由を規制するかのような言動を、権力を持った国会議員がされるのか、異常に思う。

そして、有田議員に「日の丸街宣女子」および富田氏を批判する資格があるのか?

有田氏は「キモオタ死ね」というイラスト画像をご自身のツイッターでアップした。

※参照http://www.honmotakeshi.com/archives/42730789.html

※有田氏がツイッターでアップした画像。
79a77861.png
有田氏が「オタクへのヘイトに加担した」と言うと、おおげさな、と思う人もいるだろう。
では「オタクヘイトイラスト」の言葉を変えてみよう。

「キモオタ」を「キモい在日」に変えたら、どう思う?
そんなイラスト写真を、国会議員がツイッターでアップしたら・・・
とたんに「差別だ」「ヘイトだ」と世間は大騒ぎになるだろう。

そして、これが有田議員ではなく、もしも与党の議員(自民党議員)だったら…これはもうテレビ、新聞が騒ぎ立てるだろう。

「キモオタ死ね」なら良くて、「キモい在日死ね」はダメ?
これこそ差別では?

こういった二重基準がある限り、問題は解決に向かわないだろう。有田氏は信用されないだろう。

むしろ、有田議員が騒ぐことによって、反有田派やネトウヨが反発し、ハヤシのような「有田氏に疑問を持つ者」もこうして反応し、ますます溝が深まるだろう。対立は激化する。

そして、この騒ぎに第三者は「うんざり」「単なるお祭り」「お互い、プロパガンダ戦争しているだけ」と冷めた目で見ているのだ。

在日コリアンを「差別されている被害者」とみている人も案外少ない気がする。
国会議員が味方に立ち、カウンターと呼ばれる人たちの暴力行為も正当化する。テレビや大手新聞などマスメディアも在特会の異常な言動は取り上げるが、カウンター側の暴力性はあまり取り上げない。つまり在日コリアン側には大きな力を持つ味方がたくさんついている。

在特会のほうが弱小で、弱い立場だ。

そういった国会議員である有田氏およびテレビ大手新聞などマスメディアも味方につけている強者のやり方に対し、ますます在特会を支持する者やネトウヨ、有田氏やマスメディアに疑問を持っている者たちが反発する。

有田議員も問題の本質に目をつぶり、単に在特会、および在特会側の視点で描かれた「日の丸街宣女子」とその作家である富田氏を目の敵にし、攻撃しているだけのように思う。

どちらかを完膚なきまでにつぶさないと、終わらないだろう。
ただ「完膚なきまでにつぶされる」のは、弱小である在特会のほうだろう。けど憎悪を消すことはできないし、ますます憎悪を煽ることになるだろう。

そして「完膚なきまでにつぶす」には、相当の法改正が必要で、その法は「言論統制」「ちょっとしたことで警察がしょっぴくことができる警察権力の拡大」「国家権力の拡大」につながるかもしれない。

もちろん、有田議員の望む法規制は「在日外国人のみ(在日米兵は除く)を守る法規制」なのだろうが。

ちなみに、有田議員は、実は差別感覚に疎い人だと思う。
もし差別や蔑視問題について真剣に考えている人であれば、「キモオタ死ね」という画像はアップしない。アップしたとしても「キモオタ死ね」の部分は隠すか、見えないように配慮するだろう。

※有名な話ではあるが、蓮池透氏に、「有田氏は何もしない政治家」と言われていた。
https://twitter.com/aikoku_dainihon/status/351743788479287297/photo/1

もしかして、「ヘイトスピーチ規制法」は有田氏のポーズ? ただ在特会側とカウンター側の喧嘩を煽っているだけじゃないの?
だって、誰がどういう基準で、「それはヘイトスピーチだ」と決めるの?

「ヘイト規制」は中韓への批判デモが許されなくなるとして、保守派は警戒しているだろう。ヘイト規制が出版物にまで及んだら、言論統制に発展する。

また場合によっては、米軍基地反対の過激なデモも規制対象に入るだろう。これは左派にとっても困るはずだ。

それに『在特会レベル』なことを、みんな、けっこうやっているのだ。
有田議員の「ネトウヨ死ね」画像に、「ゴキブリ駆除」発言。
かつてのメディアがオタクに対し「気持ち悪い、気違い、抹殺しろ」と煽っていたこと。
カウンター側も「死ね」発言を連発していること、など。

みんなの心に『在特会』があるんだぜ。
だから一般の第三者からは、ハヤシも含め「どっちもどっち」と思われている。呆れられているし、ま、「あんたらで勝手にお祭り騒ぎしていな」と冷めた視線を向けられているのだ。

第三者から見たら、ハヤシ含めネトウヨ全般も、有田議員もカウンター側も、在特会も同じ穴のムジナに見えていることだろう。


ところで、なぜこの問題にハヤシさんはこうも粘着しているか?って。
有田氏や左派が仕掛ける「ヘイトスピーチ規制法案」に不信感を持っているからだ。不信感をもっている理由は今まで語った通り。

そして、言論統制および表現の自由の規制にもつながるおそれがある。
だって差別表現のない「日の丸街宣女子」を、有田氏は『表現の自由を逸脱している』と言っているのだから。

「こいつは差別主義者だ」とレッテル貼られれば、その作品に差別表現がなくても、その作家は粛清される可能性もあり・・・それって中国や北朝鮮または戦中の日本ではないか・・・

そう、在特会も富田氏も触法していない。
そもそも富田氏の漫画に差別表現がない。漫画はフィクションであり、ウソを描いてもいい、一方的な視点で描いてもいいのだ。どの漫画家もやっていることだ。

もはや、国会議員が一個人の弱い立場の漫画家を標的に「弱い者いじめ」をしているようにしか思えない。

※もちろん、これはハヤシの主観で記事を書いてます。同じように有田議員も主観で、富田氏の作品を「差別を煽動する」と問題視し、「表現の自由を逸脱している」と言っていることになるのです。
そして客観的事実は「許可を取って行われている在特会のデモも富田氏も触法していない」つまり「正当に行われた言動、表現」なのです。

ハヤシも有田議員も主観で発言している。
在特会のデモ、富田氏は触法していない=客観的事実。

あとは、皆がどう思うか、ですね。
有田氏が考えているヘイトスピーチ規制法は不公平なことになりそうだ。(と思う。ハヤシの主観)

※富田氏が作成した「ヘイトスピーチ規制法」への懸念、反対理由が描かれたチラシ
http://at9-bloods.but.jp/DL/hatepanf.pdf

⇒続きを読む

【差別やめろ、と訴える側にも、己の言動が問われる。
そこに二重基準があれば説得力に欠ける】

と今回の「日の丸街宣女子」問題で思った。

ちなみに私の記事が2chで取り上げられ、いたく皆を刺激したのは、この部分だったようだ。

【CRAC代表は過去発言で「オタクを馬鹿にしていた」そうだ。
在日を馬鹿にしたら差別で、オタクは差別にならない?

(というと、出自は変えようがないが、趣味は変えられると反論するんだろうが、馬鹿にされたくなかったら趣味を変えろ=生き方変えろはある種の強制だよね?)

結局、正義とはそんなもの】


要するに、在日を差別するな、と訴え、富田氏をつぶそうとしていた側も、オタク蔑視発言をしていた、このことについてどう思う? 

ということを投げかけたのだが、
この掲示板で書きこみをしている人の中には・・・

オタクを差別していたから、在日差別をしてもいい、というのか?】
オタク蔑視は差別ではない】
【こいつ(ハヤシ)は差別する権利がある、と言っている】

と、「ハヤシは差別容認している」と持っていきたかったようだ。

オタクを蔑視することは、差別にあたらないにしても、いかなる人への蔑視もしてはいけないだろう。
在日であろうが、オタクであろうが、女性であろうが、容姿(ハゲ、チビ、ブス、デブ、豚、ブサメンなど)が残念な人であろうが(美の基準云々の話はおいておく)・・・

けど「オタク蔑視は差別ではない。先天的なものと後天的なものを一緒にするな」などという意見も見られた。
「オタクは嫌われないよう努力すればいい」など。

※しかし「何を持ってオタクとするか」は私も感覚的にしかとらえられない。世に言われているオタクとは「漫画、アニメ、ゲームにのめりこんでいる人」と定義されている気がするが・・・

※嫌われないよう努力しろ、というのは、たとえば「いじめ問題」で、いじめられるほうに問題がある、と言っているようなもの。もち、嫌われない努力は必要だろうけど、ならば外国で暮らす人も、郷に入れば郷に従う、その国民に好かれるよう努力しろ、と言われてしまうだろう。

皆、自分の【悪】の部分は認めたくないんだな、とも思った。

「ああ、たしかに、自分もそういった蔑視発言をしていた。反省しよう。だから、皆もやめようよ」というふうには、なかなかならない。

これって、日本の歴史観の議論にも似ている。

「過去に、日本だけが悪いことをしたのか? ほかの国もそれぞれ同じくらい悪いことをしてきたよね」
と言うと

「だから、悪いことをしていいというのか? 
「日本がやってきた悪を正当化するのか」
「日本がやってきた悪を認めたがらない歴史修正主義者」
と批判する。

「みんな悪いことをしたのだから、みんな反省しよう」
とはならないのだ。

今回の2chを見て、同じ構図だ、と思った。

「オタク蔑視したよね? あなたも同じようなことしたよね?」
と突っ込めば、

「だから在日を差別していいというのか?」
「差別主義者」
と返ってくる。(もちろん、ごく一部だろう)

2chのコメントにもあったが
「なぜ(差別や蔑視を)皆でやめよう、とならない?」と。

差別反対を訴えながら、実は自分も差別(蔑視)をしてしまっていることがある・・・(それは私も含めてだ)
なので、皮肉を込めて「正義ってそんなもん」と書いたのだ。

2chのコメントに「なぜ正義がでてくるの?」といった発言もあったが
二重基準があるうちは「正義」は掲げられない。

在日蔑視をやめろ、という訴えている側に、「でもオタク蔑視はOK、女性蔑視OK、容姿が劣る者への蔑視OK」があれば、それは正義の訴えとはならず、多くの人の賛同を得るのが難しくなるだろう、ということだ。

同じ構図で、
「富田氏が在日蔑視をしている」と富田氏の人間性を批判した高遠るい氏のエロ漫画がやり玉にあがった。(私も話題にした)
高遠るい氏の漫画が、女性を性的玩具にしたような女性蔑視に当たるような内容の作品だったからだろう。
他者を批判すると、「じゃあ、あなたは? 蔑視していない?」と返されてしまう。

蔑視や差別をなくすというのは、かなり難しいことかもしれない。
差別や蔑視をやめろと訴えている側も、ほかの属性に対して差別や蔑視を行っている場合がわりとある。

しばき隊=CRACが、一般の人たちから「在特会と同じ。どっちもどっち」と思われているのは、そういうところがあるからではないだろうか。

「差別をやめさせるためには何をしてもいい、というのはテロリストと同じ思考だ」というほかの人の意見をツイッターで見かけた。

一方、一般の在日コリアンの方の中立的なツイート発言を見たことがある。
彼らは自分たちのことも反省したり、韓国の姿勢を批判したりしている。
そういった反省の姿勢を見せる在日コリアンに対しては、右派系の日本人も受け入れ、右派は攻撃したりしていない(私が見た少ない例だが)

日本人は反省している人に弱い。

在特会のデモは、許可を得て、いちおう法に則って行われている。(個別の暴力事件については、警察が介入し、処理している)
彼らの活動をやめさせるには、それを規制する法整備を、となるだろう。
が、それと引き換えに、ゴミやトイレ問題などで地元住民に迷惑をかけている過激な沖縄の米軍基地反対デモも規制されるかもしれない。

万が一、こちら「米軍基地反対デモ」が規制対象から外れれば、「不公平だ」と怒りの声が上がり、ますます在日への憎悪が膨らむだろう。

在日への蔑視発言についても、すべての人に対する蔑視発言をやめよう、としなければ説得力にかけるが、現実問題、こちらも法的規制や罰則を設けなければ、難しいかもしれない。

言論統制への危険性と引き換えに、これを望むのか、ということになる。

しかし、在特会は有名になってしまったな。
なぜ大きくなったのか? 
「日本が右傾化したから。ネトウヨが増えたから」というだけではないだろう。
というか私も「ネトウヨ」だとしたら、私程度の考えの人はけっこう多いと思う。

在日特権(優遇政策、過去にあったのかも含め)についても、テレビで徹底討論すればいいと思う。
もちろん討論参加する者の人選が偏らないように。
今はネットがあるから、偏りがあれば、すぐに露見し、ますます溝は深まるだろう。

と、こう書くと「ハヤシは差別容認派だ」と思う人もいるのかもしれないが。

これで私も一部の左派と在日から敵視されるようになるのかもしれない。
すると、やはり私も普通の人間だ。そういった属性にいる人たちを警戒するようになる。
こうやってお互いの敵視(敵意)は広まっていくのだろう。

これこそ在特会の思うつぼという気もしないでもない。

今回のことで「差別の拡大解釈」を身を持って知った。
私も一部の人からは「差別主義者・差別容認派」とされてしまったらしいから。

で、2ch「こいつ(ハヤシ)の弱みってないのか」というような書き込みがあったりして、脅し効果としてはなかなかだ。

正直びびった。
なので、富田氏はすごいな、と思った。

法的規制がなくても、言論弾圧はけっこう簡単にできてしまうものかもしれない。

ちょっとした団体が圧力をかければ、都合の悪い人物を黙らせ、制裁を加えることができることがある・・・のかもしれない。

それでもネットがあるので、完全に黙らせることは難しいだろうけれど。
とまあ、そんなことを考えさせられてしまったのだ。

⇒続きを読む

【「日之丸街宣女子」の漫画家・富田氏のイベントが中止に追い込まれた件】で、民主党議員・有田氏の発言が気になったので話題にする。

http://matome.naver.jp/odai/2143288490910935901より転載。
【話題の漫画『日之丸街宣女子』著者は手塚賞受賞作家だった 。
民主党 有田芳生議員が手塚治虫氏の初心者向けまんがの書き方の本を引用して、手塚賞受賞作家夫婦にウンチクを傾ける。トキワ荘通りの15回紫雲荘ワークショップで中止の大騒動に】

転載終わり。

まず、事の発端は・・・
富田氏のこれといった差別表現のない漫画を、国会議員の有田氏が・・・
https://twitter.com/aritayoshifu/status/598481172952272897/photo/1

【悪質な差別煽動コミックーー岡田壱花・作、富田安紀子・画の『日之丸街宣女子』(青林堂)は、表紙帯から「不逞鮮人」というヘイトスピーチのかたまり。神保町「高岡書店」によると「そんなに売れていません」。野間易通さんなどへの誹謗中傷が満載。】

・・・とツイート発言。

これはまだ「日之丸街宣女子」が発売前のことだ。
そして、一部左派、在日、しばき隊=CRACが騒ぎ立て、富田氏が出るはずだったイベントをつぶした。

その時の民主党の国会議員、有田芳生氏のツイッター発言。
https://twitter.com/aritayoshifu/status/604133278770028545/photo/1

【漫画家は手塚治虫さんの遺した普遍的な原理を身につけなければなりません。ましてやヘイトスピーチに協力、加担することなど、基本精神に反する所業です。】

国会議員が、その作品内容が気に入らなかったからとして漫画家個人を攻撃したに等しい。
そう「差別主義者」というレッテルを張り、漫画家に制裁を与えようとしたのだ。

これは恐ろしいことだと思う。
このリンクしたサイトにも紹介されていたが・・・手塚先生もこうおっしゃっていた。

【ぼくは、そんないきさつよりなにより、そういう圧力団体が、漫画を含めた、一方的な取り締まりや規制をしてしまうことがおそろしい。これは、いうなれば言論弾圧だ。】

手塚氏を引き合いに出した有田氏・・・だが、有田氏こそ、漫画家に「差別主義者」というレッテルを張り、言論弾圧を仕掛けているに等しい行為をしたと言っていいだろう。

そもそも富田氏の漫画のなかに「ヘイトスピーチがない」・・・このため、一部左派と在日は「右派のデモ隊に在日へのヘイト部分がない、ウソを描いている」と騒いでいるくらいだ。
差別表現がないのである。

じゃあ、有田氏はなぜ富田氏の漫画を「ヘイトだ」と断定するのか?

帯に在特会の桜井氏の言葉が入っているからか?
つまり、富田氏が在特会と関わったからか?
※富田氏は在特会の会員でもない。在特会の言い分に賛同する部分と賛同しない部分があるということで、在特会を絶対悪とはみなしていない、賛同する部分もあるということだ。これが問題なのか?

「不逞鮮人」という言葉が差別語だとし、それが問題なのか?
※意味は「不埒なことをする朝鮮人」ということになるのだろう。

差別の定義がないのに、どうやってその人物を「差別主義者=ヘイトに加担した」と断定する?
在特会の言い分に耳を傾け「賛同する部分もある」というだけで「差別主義者」なのか?
桜井氏と交流ある者は「差別主義者」なのか?
「差別主義者」と交流のある者、擁護する者も「差別主義者」なのか?

差別語とはどういったものなのか?
映画の中で日本人を侮蔑する言葉「ちょっぱり」を聞いたことがある。では、その映画も「差別語」を使っていると言うことで、「ヘイト作品」ということにならないか?

高遠るい氏のエロ漫画の帯に出ていた言葉、「デカパイ」「メス豚」は女性への蔑視用語にならないのか?

帯の言葉が問題なら、高遠るい氏の漫画も女性への侮蔑語にまみれている。
あれは問題ではないのか?

このように何をもって「差別とするのか」、定義は難しい。
もしも富田氏の漫画が「ヘイト作品」であるなら、このようにほかの作品にもずいぶん「ヘイト表現」がある。

富田氏をこのような形で批判し、イベントをつぶし、社会的に干そうとするのならば、
高遠るい氏ほか【女性】を侮蔑するような作品を描いている漫画家、作家、映画監督も批判し、社会的に干さなくては不公平だ。
また、【日本人】を侮蔑するような作品を描いている漫画家、作家、映画監督も批判し、社会的に干さなくては不公平だ。

それとも在日コリアンのヘイト・悪口だけが許されないのか?

これこそ差別ではないのか?

もしも、あらゆる差別表現・・・在日コリアンだけではなく、女性や日本人、ほか、あらゆる者への差別表現・悪口をなくすとしたら、かなりの漫画家、作家、映画監督の作品が問題になる。

それとも、こういった者たちすべてを問題視するのか?
富田氏と、これらほかの漫画家、作家、映画監督の違いは何か?

もちろん、これら漫画家、作家、映画監督を社会的に干すとすれば、これこそ言論弾圧、表現の自由への挑戦だ。

だが、有田氏は、富田氏に対して、それをやるように促したと受け取れる。
トキワ壮の主催者も、国会議員のこの発言を知ったら、富田氏を切るしかなくなるだろう。

※有田氏の富田氏に対する発言(上でも紹介したが、もう1回転載)

【悪質な差別煽動コミックーー岡田壱花・作、富田安紀子・画の『日之丸街宣女子』(青林堂)は、表紙帯から「不逞鮮人」というヘイトスピーチのかたまり。神保町「高岡書店」によると「そんなに売れていません」。野間易通さんなどへの誹謗中傷が満載。】

【漫画家は手塚治虫さんの遺した普遍的な原理を身につけなければなりません。ましてやヘイトスピーチに協力、加担することなど、基本精神に反する所業です。】



差別の定義は難しい。
しかし定義があいまいであれば、権力者は気に入らない者だけをターゲットにし「差別主義者=悪」に仕立て上げ、社会的に抹殺できる。これこそ恐ろしい社会だ。
「国会議員」という権力を持った有田氏は、個人漫画家・富田氏にこれをやってしまったのだ。

有田氏がやったことは、戦中の日本、あるいは共産圏国家、独裁国家がやっていることにとてもよく似ている。
けど、実は左翼=共産主義国も、言論弾圧しているから、わりと左派はこちらのやり方にリンクしてしまうのかもしれない。

左派は戦中の日本は嫌いだけど、言論弾圧をする共産圏にはシンパシー感じているのだろう。
だからダブルスタンダードになってしまうのかもしれない。

そう、結局は自分が気に入らないヤツを「悪」とし、徹底的に攻撃する・・・善人ぶっているけど左派も同じだ。

有田氏はじめ一部左派・在日はダブルスタンダードに気づいた方がいいかもしれない。
日本ではこういったダブルスタンダードは受け入れがたいし、皆、気づき始めているよ、左派のダブルスタンダードに。

簡単に言うと・・・
日本人嫌い、(在日)アメリカ人嫌い・・・これは問題なくて
(在日)朝鮮人嫌い、(在日)韓国人嫌い・・・これは問題???

もちろん「殺せ」はどの人種にも言ってはいけない言葉だ。しかし富田氏がそれを言ったのか?
あるいはその言葉を吐いた者(桜井氏)と関わりを持ったと言うだけで「差別主義者」「問題人物」となるのか?
仮に富田氏を「差別主義者」「問題人物」とするなら、富田氏を擁護する私も「差別主義者」で「問題人物」なのか?

差別主義者の定義は?
個人を「差別主義者だ。ヘイトに加担した」と、権力者である国会議員が断定するのであれば、それを説明すべきだろう。

・・・・・・・
余談。

自分たちの権利を守るために戦うのは、誰しもがやっていることだ。

在日コリアンおよび一部左派は、「自分たちのために」「在日コリアンのためだけ」に戦う。
これはある意味、当然のことだ。在日コリアンの問題を優先する。そして、日本人やその他のことなど優先順位の下だ。

だから在日にとって都合の悪いことを描いた富田氏をつぶそうというのは、自分たちの権利を守るための『当然の戦い』だ。
しかし、そこに「正義の錦の旗」は掲げられない。あくまでも「自分たちのため」なのだから。

「正義」を掲げると、ダブルスタンダードになる。

富田氏がダメなら、「女性への性暴力を煽るような、女性を蔑視する表現をした」高遠るい氏、ほかエロ漫画家のほとんども「ダメ」だろう。作品の中で日本人を「ちょっぱり」呼ばわりした映画監督もダメだろう。作品の中で日本軍を悪しざまに描いた「はだしのゲン」の作者(故人)もダメだろう・・・これらすべての作家を批判し、つるしあげなければ、不公平というものだ。

だが、正義を掲げず、あくまでも「自分たちを守るための戦い」ということであれば、納得だ。そして、自分たちにとって都合の悪いものをつぶしていくのは当然の戦い方だ。

そのかわり、在特会側にも富田氏側にも「自分たちを守るための戦いをする権利」があるのだ。

しかし、権力者である国会議員が、ある特定の表現者(漫画家、作家など)を社会的につぶす(それを示唆する、煽る)のは問題だと思う。権力者が自分の好き嫌いでそれをやったら、大変な社会になってしまう。

日本国の国会議員は、日本人のため、が優先順位1位でないとおかしい。
いや、せめて公平でないとおかしい。
ダブルスタンダードなのに、正義を掲げ、自分が気に入らない個人をつぶすなど、言語道断だ。

⇒続きを読む

ここのブログ、休止したままではもったいないと思い・・・
もうひとつのハヤシのブログhttp://kayashi.blog.so-net.ne.jp/からの転載して、動かしています。
(そのうち使い道を考えます^^;)

今回のタイトル「2chで当ブログ記事が話題になっていたので説明>一連の「日之丸街宣女子」問題の件で」の
【当ブログ】とは、もうひとつのhttp://kayashi.blog.so-net.ne.jp/を指してます。

今回も、http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/からの転載ですが、言論・表現の自由に関わる重要な問題ということで、ここにもアップします。

・・・・・・・・・・・
この「日の丸街宣女子」の件でブログを書いてきたけれど・・・

要するに主旨は
差別の定義があいまいなままで、漫画家や作家=クリエイターを社会的に干す、つぶす、制裁を加える、というのはおかしいでしょ】
ということなのだが・・・

ツイッターのほうで
【『差別の拡大解釈おそろしい』って、今起きていることには目を瞑り被害者ポジに立ちたがる】というコメントをいただき、一緒にこのサイトがリンクされていた。

http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1433028424/
アクセス数がいやに上がっているな、と思ったら、2chなどで話題にされていたようだ。
(しかし、それは一時のことで、今は落ち着いている)

ということで、この件を話題にします。

ただ、このブログは一般の人たちを対象に発言しています。

今まで述べてきた私のこの考えも、一部の人から「差別主義者」「ネトウヨ」とされていることを示すのに、ちょうど良い証拠?として、ご興味もった方は2chやほか掲示板サイトを見てみてください。

2chやその他掲示板は「匿名による無責任な発言の場」とはいえ、【私のような考えの者】も【差別主義者、差別容認派】とされてしまう可能性があるという、いい見本かもしれません。

私はこれらを差別の拡大解釈と捉えてます。自分では差別をしていると思っていないし、自覚もないので。
でもそれはあくまで私の考えであり、あとは一般の不特定多数の人が判断すればいいと思います。

それでも2chなら、さぞかし、悪口、人格攻撃されているんだろうな、と思いながら、見てみたら、多少はあるものの、思ったほどではなかった。

それでも、↓こういった意見の人もいたりするので・・・曲解しているな、という印象も受けた。

では曲解意見、紹介。(ババア、おばさんとは私ハヤシのことを指している)

【このババアの気持ち悪いところは在日差別をやめろと言うならオタク差別もやめましょうという論調じゃなく
オタク差別してんだから在日の差別をダブスタで弾圧するな
「差別させる権利を奪うな」って心情なところだな、人として終わってるよコイツ 】

【このおばさん漫画家は何で在日をバカにしているの? 】

ということで・・・曲解している人の多くは・・・
「オタク差別しているんなら、在日差別もしていい」「ほかにも差別があるんだから、在日差別していい」「差別する権利がある」「差別発言をしていい」と私が言っていると思っているようだ。
在日をバカにした言葉も吐いたおぼえはない。どこにそんな箇所があるんだろう?

というわけで、いちおう、2chで話題にされたこの記事の主旨をここにも書いておきます。

主旨

【差別の定義が難しいから、「言論には言論で批判すべし」「相手を黙らせるために、社会的に干す、つぶすのはおかしい」ということ。

いかなる人も、いかなる犯罪者も、いかなる思想の持ち主も、いかなる問題人物も、反日も嫌韓も、言論(表現)の自由があり、発言権がある、というのが一番公平な気がする。

そして、どちらの言っていることに「説得力を感じるか」「公正さ、公平さを感じるか」「理があるか」、皆それぞれが判断すればいい。

もちろん、そこには批判意見も出てくるだろう。
言論には言論でが鉄則。
もし、そこに暴力・脅迫行為があったら、それは警察が介入すればいい】

・・・・

端的に言えば、そういうこと。
記事が長いのは、「差別の定義が難しいこと」を説明しているからだ。
だから、ダブルスタンダードが出てくるのだろう。

記事では、この「ダブルスタンダードの例」を取り上げているだけであって、「だから差別していい」とは一言も言ってない。

「一部の人たちって、こういうふうに曲解して、こいつは『差別主義者だ』とするのか」と思った。まさにドワンゴ川上さんが言っていたことだな、と。

そして、マスメディアはよく「ネトウヨのネットでの暴言、蔑視発言」を取り上げるが、なかなかどうして、その反対側の勢力も、負けず劣らず・・・である。

ま、あとは一般の人たちがどう感じるか、である、ネトウヨだけが「暴言」を吐いてますか? ということだ。

ただ、批判はお互いにする権利がある。
私もこうして主旨を説明できるのだから、あとは読んだ人が判断すればいい。
たぶん、一部をのぞき、不特定多数の多くの人には「私の言いたかったこと」は通じていると思う。

要するに、誰が決めつけるのかは知らないけど「こいつは差別主義者」だとして、社会制裁を加えるのはおかしいでしょ、黙らせるのはおかしいでしょ、という話だ。

「あらゆる人に発言権がある」というのを「差別発言する権利がある」と捉えている人もいるが、そもそも「差別発言の定義があいまい」なのだから、『何を差別発言とするか・誰が決めるのか』難しい問題だ。

だから、発言させて、皆がそれぞれ判断すればいい、と思っている。

その結果、『その発言は差別発言だ』と批判してもいいし、個人的に「こいつは差別主義者だ。もう、つきあいたくない」「縁を切る」と思ってもいい。(だから、某漫画家からはブロックされたのだろう。これは仕方ないことだと思う)

多くの人が「こいつは差別発言をした。差別主義者だ」と判断すれば、差別をした者は軽蔑され、人は引いていき、自然に社会的制裁を受けることになる。
私が差別主義者であれば、私とつながっている多くの人は、この某漫画家のようにブロックするだろう。友人知人は引いていくだろう。それで十分な社会制裁となるはずだ。

ただし、発言する権利は奪えないのだ。法に触れない限り。

発言する(発表する)権利を奪う=社会的制裁を加え、つぶし、干すこと、それをやると臭わすこと・・・これは「発言・発表するな」と言う脅迫にも等しい。
富田氏の「日之丸街宣女子」の件では、このことを問題にしたのだ。

富田氏の作品内容に対する批判や、富田氏のツイッター発言への批判は自由だ。
が、富田氏を社会的に干す、制裁を加えるのはおかしい、ということだ。

それに、もし発言内容が、脅迫や名誉棄損に当たれば、法的=正当に制裁を加えることができるのである。

さてさて、そんな2chの意見のなかにも、「なるほど」と思ったことがあった。

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ツイッターやっているんだけど、某漫画家さんからブロックされた事を知った。
当初向こうからフォローしてきたんで、フォロー返しした。その後は別に絡みなしだったんで、なんでブロックされたのか分からなかったが、やっと理由が分かった。

「日の丸街宣女子」の件で私が「富田氏を干すってダメでしょ」と富田氏を擁護したことで私も「問題あり」と捉えたらしい。(ちなみに某漫画家とは高遠さんではない)

その某漫画家さんが、過去、富田さん側の人間とやりあっていた(喧嘩)ことを、ひょんなことから知って、そこから私もブロックされたことを知った。
(ツイッターでは私はたまに気になったことを発言するだけでほとんど絡まないので、ブロックもいつされたのか分からなかったのだが)

ちなみに、私と富田氏の接点はない。絡んだこともないし。
日ノ丸街宣女子」が話題になり、高遠氏との件で、興味を持ち、今現在、私が一方的に富田氏をフォローしているだけ。

表現の自由、言論の自由が絡むだけに、興味をひいた。それだけのことだ。

そう、「こいつは差別主義者だ」と言って、作家の人間性を問題にして仕事をさせるなって、かなり「おかしい」でしょ。

表現の自由を守るほうの漫画家が、定義が不明確な差別を盾に言論統制を仕掛ける側へ立つなんて、びっくりした。そういった漫画家や作家がわりといるかもしれない。高遠氏だけじゃないんだ、と。

左派は自分たちの意見だけが通ると思っているかもしれないけど、やがて「差別の拡大解釈」がされていくだろう。

言論統制のあった戦中の「非国民」というレッテルが、「差別主義者」というレッテルに変わるだけ。

というわけで、私もで「差別主義者の問題人物」というレッテルを貼られたようだ。
なんか、ちょっと怖い。

でも自分の考えを発言するということはそういうリスクもあるということなのかもしれない。

考えが違う人間とはブロックして一切関わらないか、罵詈雑言でやりあうか。これが現実。つまり話し合いで歩み寄るというのは難しいということ。

いや、私は論戦してもいいけど。

そういやあ、ツイッターでは民主党の有田氏や蓮舫氏にもブロックされている^^;

有田氏からは「低劣な差別主義者」とされてブロック。
蓮舫氏については、民主党への疑問を、細野氏のところで質問しただけでブロックされた。
(ブロックのタイミングで、そうとしか考えられなかった。蓮舫氏には直に絡んでいない。なのにブロックとは・・・かなり驚いたというか、呆れた)
ちなみに細野氏にはブロックされてない。質問には無視され、答えてもらえなかったが。

私のブログ記事やツイッター発言を見て分かる通り、私の文章はこんな感じだ。
相手を罵倒したり、失礼な言葉は使わない。

が、左派は罵倒するか、ブロックするか、無視する。
なので、ますます不信感だけ持ってしまうのだ。

答えられないんだよね? 都合が悪いんだよね? と思ってしまうのだ。よって左派の主張には正当性がない、と私は判断してしまう。

そして、暴力的で人権軽視で戦争好きというような「悪」に印象操作されてきた右派と言われる人の主張が、わりとまともで現実的な考えであることを知り、右派の意見に耳を傾けるようになっただけのことだ。(もちろんその主張に反対するところもある)

どう見ても、左派(と言っても、左派にもいろいろあるんだろうけど)の言うことは説得力に欠ける、理解できない。

「日の丸街宣女子」の件では、どう考えても、作家の人間性を問題視し、作家の仕事先について「いちゃもん」つけて、社会的に干せ、というようなことを臭わせるのは、おかしいだろう。
それは左派が一番嫌っていたはずの言論統制への考え方だ。

差別表現については・・・作品の中に差別表現があった時に、はじめて問題にすべきである。それでも、その作品を描いた作家を社会的に干せ、というのはNGだ。あくまで作品を問題視し、作品を回収するなりの処置をとるべきだ。

左派に聞いてみたい。この考え、間違ってますか? と。

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前記事の続きと言えば続き。
同じ漫画家同士・・・富田安紀子氏を批判した高遠るい氏だが・・・

https://twitter.com/shoko_1994/status/601388190918791168
「下品ですみません」
高遠さんの漫画はこんな内容なんだ・・・
その帯には、こんな言葉が並んでいる・・・

【メス豚】【勃ったまま失神】【公衆便所扱い】【デカパイスイカ割】【ピストン速度】

ツイッターのコメントより転載
【『高遠氏の『はぐれアイドル地獄変』は、「女性器にナイフ突っ込み」、「空手で負けたら男に廻されるアイドル」を描いたマンガではありませんか? 女性の人権を無視しまくりです】

転載終わり。

とすると、「日の丸街宣女子」が仮に在日コリアンへの差別漫画で、人々に差別を助長させ、悪影響を与える作品なのだとしたら、高遠るい氏の漫画は女性を性の道具にし、女性への性暴力を煽り、人々に悪影響を与え、女性を見下した女性差別漫画ということにならないかな?

「日ノ丸街宣女子」を描いた富田氏の人間性を問題視し、富田氏を起用した集英社を問題視していた人が、こんな漫画を描いていたんだ・・・

いやいや、もちろん私もエログロ描いてみたいし、実際、ヤングチャンピオンで描いたことあるし、今でも「リサちん・理沙ちんのパンチラ」描いたりしているから、偉そうなことは言えない。高遠氏のエロ漫画を批判するつもりは毛頭ない。

※「リサちん・理沙ちん」・・・小説「プライオリティhttp://www.pixiv.net/series.php?id=471062 および「パラレル・プライオリティhttp://www.pixiv.net/series.php?id=486383のヒロイン
IMG_20141127_0007.jpgIMG_20141129_0009.jpgIMG_20150506_0002.jpgIMG_20141201_0001.jpg

あ、でもエロ小説じゃありません。パンチラは遊びです。単に、あざとく、こういった絵を描いて宣伝しているだけです。宣伝向けの画です。
おっと、話をもとに戻します。

言いたいのは・・・そういった女性を食い物にする作品を描いておきながら、富田氏の人間性や富田氏の作品を「在日コリアンへの差別だ」と批判する資格があるのだろうか? ということなのだ。

このエロ漫画は、女性を食い物にしてない? 女性への性暴力を煽ってない?
ならば「街宣女子」だって、在日コリアンへの差別ではない、煽ってない、と反論できてしまう。
何を持って「差別表現」とするのか・・・

(実際、「街宣女子」は作者が体験したデモの話をフィクションにしたものだという。在特会の桜井氏の発言が帯に書かれている表現が問題だとするならば、高遠氏のこのエロ漫画の帯の表現も問題だろう)

ましてや、作家の人間性に言及するまでいってしまうとは・・・

当然、高遠氏の人間性も批判の対象にされることは、致し方ないことだろう。
ましてや出版社・編集部に「人間性に問題がある作家に仕事をさせるのはいかがなものか」というような発言をするなど論外。

富田氏の作品が【在日コリアンへの差別を煽っている】と批判するなら、高遠氏の作品は【女性への性暴力を煽っている】ということになる。

『女性器にナイフを突っ込み』という女性への暴力を煽るような作品を描く高遠氏の人間性も言及されなくてはならない。

それが「公平」というものだ。
それとも在日コリアンへの差別表現は許さないが、女性への性暴力表現はいい?

この「富田氏と高遠氏の問題」は、こういったところでも記事になっていた。
http://otapol.jp/i/2015/05/post-2966_entry.html

そして、高遠氏の主張http://otapol.jp/i/2015/05/post-2966_entry_3.html
以下一部転載

【『思想信条で作家をパージするべきではない』という意見を寄せてくれる人が何人かいました。でも、大企業がヤクザと付き合わないのと同じ次元の問題です。彼女が現役の在特会の活動家で、活動のコアにいる人物だということは疑う余地がありません。
 あれだけ差別扇動を継続的に行って刑事犯を出しているような団体と関わりの深い人間を、出版界におけるリーディングカンパニー【編註: 一定の業界で主導的・模範的地位にある企業】が使うのはうかつだよね、という話だったんですよ。
 竹書房や宝島社で描いている分には、俺は言いませんよ。でも『ジャンプ』の会社でしょ。だから集英社が『脇が甘いな』という失望が、最初のツイートなんです。ネットでは『大激怒』と書かれていますが、軽口を叩いたら、すごい弾圧を加えたみたいに思われているんです」】

転載終わり。

刑事犯を出しているのは、しばき隊も同じ。
そして、富田氏は在特会の活動家なのか? これは次の富田氏側の反論では「そうではない」となっている。

以下、富田氏側の主張。転載

【(高遠氏に対し)『お前会ったことないじゃん!』と言いたいです。私がどういう人間か、会ったこともないのに、勝手に決めつけてる高遠さんこそカルトですよ。安全なところにいて、叩いているだけじゃないですか。薄っぺらな価値観で私を全否定するのは、やめてほしいですね。】

【「私は描きたいものを描きたいんであって、描きたくないことは描きたくないんですよ。もし、在特会から『プロパガンダのために、こう描いてくれ』と言われていたら描かないですよ。高遠さんもマンガ家だったら、マンガ家がどういう思いで描いているか、わかるじゃないですか。

 この作品はフィクションですが、嘘は描いていません。自分が体験したことを描いているだけです。誰か特定の個人や団体を傷つけようという意識で描いてもいません。実在の個人や団体をこきおろしたり、中傷することはやってはならないという常識はありますから。

 それに、これはドラマなんですから、敵と味方がいるわけです。主人公側がかっこよくなるのは当然です。アンチの人からTwitterで『このマンガを見る限り野間さんたちは魅力的だから右翼の人のためにはならないと思いますよ』といった意見が送られてきたんですが……私のキャラクターなわけだから、あなたのキャラはカッコイイと言われて、嫌なわけないじゃないですか。(私が)最も好きなのは、唇の厚いキャラクター【編註:作中に登場する「反ヘイト」に参加する在日四世の女性キャラ】です」】

【「私が最初にこうした問題に興味を持ったのは、北朝鮮による拉致問題だったんです。初めて参加したデモは『主権回復を目指す会』のデモで、その時は旗を持って歩いたのですが、今も参加スタイルはさほど変わっていません。賛同できる団体、賛同できるテーマにはカンパもしてきましたが、すべてに賛同しているわけではありません。

 在特会では桜井さん【編註:前会長の桜井誠氏】が会長だった頃は毎週のようにさまざまなテーマのデモがありましたけれど、『このテーマは賛同できない』と思うものもありましたよ。今回、作中に桜井さんをモデルにした人物を描くときには、連絡して許可を頂きましたけど……在特会の幹部の方とは、行動の現場でも会釈するかしないかくらいの関係です。ですから“在特会のお抱えマンガ家では、まったくないんですよ」】

転載終わり。

そうか、やっぱり高遠氏は、富田氏に会ったことすらないのに、問題人物とし、そして「日ノ丸街宣女子」を読んでもおらず・・・あのような発言をされていたのか・・・
どっちに「理」があるか、これはhttp://otapol.jp/i/2015/05/post-2966_entry.htmlを読んだ人が判断すればいい。富田氏、高遠氏、両方の考えや主張が書かれている。

そして、高遠氏のエロ漫画について。

【高遠氏の作品『はぐれアイドル地獄変』も、“女性に対するヘイトスピーチ”という批判を受けてしまうのではないか?】という質問に、高遠氏はこのように発言。

以下転載。

【「それをいうなら、『18禁マークがなくてエロのあるマンガを、全部なくしてくださいね』と言いたいです。そこまでいくと、もうイチャモンの域でしょう」】

転載終わり。

ひらきなおり、としか思えない。
イチャモンではなく、「では、ああいった漫画を描いている高遠氏に、富田氏を批判する資格があるのか?」と言われるのは当然だろう。

もし、高遠氏の作品が「女性への差別を煽っている」ということが「イチャモン」であれば、富田氏への人間性や作品への批判も「イチャモン」である。

【自分のエロ漫画が「女性差別を煽っている」というのであれば、ほかに出回っているたくさんのエロ漫画を全部なくしてくださいね】というのであれば

「ほかに出回っている嫌韓本を全部なくしてから、富田さんの作品や人間性を批判してくださいね」と言えてしまう。

高遠氏、東大出身だというけれど、私には「公正さ、公平性に欠けている」としか思えない。説得力に欠ける。
それとも私が頭が悪く、理解力がないということなのだろうか???

そして「境界のないセカイ」に見るように、出版社・編集部はけっこう弱腰のところがある。
「境界のないセカイ」では、「クレームがくるかもしれないから」打ち切られたのだ。(著者のブログ記事によると、そう受け取れる)

高遠氏の発言、および一部左派による「富田氏を使った集英社・グランドジャンプへの抗議」呼びかけは、軽口ではなく、「富田氏を干せ」という「弾圧」につながる可能性があるのだ。

高遠氏はご自分がやったことについては「軽口」とし、読んでもいない富田氏の作品を取り上げ(富田氏からすれば、自分が体験したことを描いたに過ぎない)、富田氏を「やばい人呼ばわり」をし、その仕事先が大手出版社であるということで「富田氏のような作家をつかう編集部はうかつだ」という。

とても独善的だ・・・と思う私も、きっと一部左派から見れば「ネトウヨ」「独善的」と言われるのかもしれない。 
(もちろん、在特会のやりかたも批判されて当然だが)

まあ「女性器にナイフが突きたてられる」という高遠氏のエロ漫画作品を読んでない私も「女性への暴力を煽る作品なのでは?」と疑問を呈するのは間違っているかもしれないが、高遠氏も富田氏の「日ノ丸街宣女子」を読んでいないのに、差別云々言っているのだから、おあいこ、ということで。

そう、「日の丸街宣女子」を読んでいないのに、高遠氏はインタビューで、こんな発言をされていたという。

以下転載。
【高遠氏は、『日之丸街宣女子』に描かれているのは“思想”でもなんでもなく、“ちょっとヤバい人”の発言のようなもの。さらに、マンガ家や編集者で、集英社が“ヤバい人”の作品を掲載するミスを犯してしまったと思わない人はいないとも言う。】

転載終わり。

この問題でも思ったが・・・
「正義」と言うのは実にあやふやな、そして危ないものだな、と。そしてこれほど独善的になり、自分が正しいと思い込んでしまうものなのか、と。

いや、自分が正しいと思い込まないと、ここまでできないのかもしれない。
これって恐ろしいことかもしれない。

もちろん、それは左派だけではなく右派にも言えることだが。

高遠氏の【この問題は“表現の自由”ではなく、カルトによる洗脳の問題に近いでしょう。今どき、ネットに流布されているネトウヨ言説を信じちゃっている人というのは、思想信条というよりも詐欺に引っ掛かっている被害者だと思うんですよ】というのも、視点を変えれば・・・

やっと日本も中国や韓国に対する批判ができるようになった、ということだ。
ついこの間まで、中国や韓国に対する批判、ましてや悪口を言えない社会の空気があった。(少なくとも私はそう感じていた)

その反動が、今、出てきてしまったのだ。

つまり、ついこの間まで日本は『中韓に対する批判への言論統制』が行われていた。
それが、逆に中韓が「日本に対しては何を言ってもいい、何をしてもいい」という「反日無罪」を作り上げていった一因になっていると思う。

そしてとくに韓国の反日ぶりは今では異常と思えるほどになってしまい、韓国社会自身、どうしようもないところまでいっている感じがする。

韓国人を警戒し、韓国を嫌う日本人が増えるのは当然だ。

その韓国の反日活動を手助けし、後押ししているのが、日本の左派と組んだ『ごく一部の在日韓国人』であり、そういった人の意見がよくとりあげられてきたので、在日コリアンすべてが韓国のような反日思考だ、反日体質だ、とされてしまい、一部日本人から反感を買っているのだろう。

元をただせば、何が原因なのか、ここを追究すべきなのに、左派はそこは目をつぶる。あえて言及しない。「ネトウヨだけを批判する」のだ。

そこに不信感を持ってしまう。
そう思うのは、何も私だけではないだろう。

左派も気づいてるはずだと思うのだが・・・それでも目をつぶる? それほど韓国に対し批判ができない? こういった左派が相手にするのは、日本のごく一部の過激な右派、あきらかに非がある在特会のような連中だ。そういう連中にしか批判できない、とも言える。
あとは権力者への批判。安倍政権ね。
中韓への批判はしない。

ところで、女性器に何かを突っ込むって、漫画「はだしのゲン」では悪の日本兵が、中国人に対してやったという描写がされていたっけ(でも実は通州事件で、中国人が日本人にやった残虐行為だという)
そういう描写、左派作家も好きなんだね・・・

いやいや、それにしても、びっくりした。
富田氏をああいった形で批判するからには、真面目な漫画を描く人かと思ったら、すごいの描いていたんだな。

ところで、余談だが、こんな記事を見つけた。
今や米国でさえ、韓国にうんざり。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150520/281380/?P=3&mds&utm_content=buffer35bac&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer&rt=nocnt

多くの米国のアジア専門家が「もう、韓国はかばえない」と言い出しているそうです。

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前回の記事でも触れたが『表現の自由』について。誰がどう規制をするのか、という問題を語ってみる。

前回話題にした「日之丸街宣女子」を、民主党の有田議員はじめ一部左派は【悪質な差別煽動コミック】としているが、一般の人は影響受けないだろう。在特会に影響を受けないのと同じだ。(そもそも、コミックの内容が本当に「差別的なのか?」という問題は置いておく)

影響を受けるのはごくごく一部のほんの一握りの人だ。

さて「ごくごくほんの一握りの人間でも影響を受けるのだとしたら、それも問題であり、そういった作品(漫画に限らず、アニメ、映画、小説なども)は規制されるべきだ」という考えの人もいるだろう。

ならば、エログロ、残虐シーンのある漫画、アニメ、映画、テレビドラマ、小説もその対象となる。

そう、エログロ、残虐シーンがあるそれらの作品の膨大なこと・・・
これだけ膨大な作品があるが、その影響を受け、参考にし、実際に犯罪を行ってしまった人はごくごく少数の人間だ。しかし、少数でも犯罪を行ったことに変わりはないとするならば、それらの作品すべてを規制しますか? ということなのだ。

日之丸街宣女子」が、仮に「在日コリアンへの差別だ」とするのであれば、
エロ系のアニメ、漫画、小説、映画は、「女性への差別、女性をモノとして扱っている、女性の人権を損なっている」かもしれない。

その作品の内容が果たして「差別にあたるのかどうか」「人を動かし、悪影響を与えるのかどうか」判断するのは難しい。

では、私の描いた「パンチライラスト」をのっけてみよう。
IMG_20150506_0002.jpgIMG_20141127_0007.jpgIMG_20141129_0009.jpg

これは女性の人権を損なうかな? 女性をモノとして扱い、女性を食い物にしているかもしれない。しかし、この程度の絵は漫画、アニメなど、あちらこちらで、まあ、たくさんある。これくらいならエロには入らない。
が、この程度でも、不愉快な思いをする人もいるだろう。
そして、日本ではよくても、イスラム圏はダメかも。

じゃあ、OKかダメなのか、誰がそれを決めるのか?ってことだ。

欧米諸国? それともイスラム圏の国々? 
どの国の価値観が正しい? どの人の価値観が正しい?

左派はよく「国連」「国際社会」を持ち出すけど、それらは主に「欧米や国連(第二次世界大戦における戦勝国)の価値観」ということになる。

欧米の価値観が正しい?それ以外は間違い?
欧米の価値観に従わなくてはダメ?

そして、小説にも、エログロ、レイプ、残虐シーンも凄まじいものがあったりする。
これらも「殺人、暴力を煽動する作品」として糾弾しなくてはいけないだろう。多くの人は影響を受けない、しかし、ごくごく少数の人は影響を受けるかもしれないのだ。

どこまでの影響力ならOK?
影響力をどうやって計る?
誰が決める?

表現の自由を規制するということは、そういうことだ。
誰の価値観で、誰が決めるのか? それは正しいのか?

・・・・・・・・・・・

そこで、残虐エログロシーンがあるという村上龍の小説に興味をもった。


「歌うクジラ」
二〇二二年、ハワイの海底を泳ぐザトウクジラから、人類は遂に不老不死遺伝子を発見する。だがその百年後、人間は徹底的に階層化され、政府の管理下に置かれていた。流刑地に住む十五歳の少年アキラは、人類の秘密を握るデータを託され、悪夢のような社会を創造した人物に出会うため、壮絶な旅に出る。

レビューより転載。

人類がついに不老不死のSW遺伝子(Singing Whale)を発見した22世紀の世界。
 SW遺伝子は限られた一部の選ばれた人間に応用され,その反作用として犯罪者には急激に老化を促進させる方法が取られた。
 文化経済高率化運動により,食事や笑顔や敬語が害悪とされ,人々の徹底的な住み分けがなされた日本。
 もっとも最下位の層の犯罪者が住む九州北西部の新出島で暮らす15歳の少年アキラは,死の直前の父のため,SW遺伝子の秘密が入ったマイクロチップを,ある人物に届けるため新出島から出ることを決断する・・・・。

 その圧倒的な戦闘の描写力は,「五分後の世界」や「半島を出よ」同様すさまじく,目を覆いたくなるような残虐なシーン,嫌悪感を感じる描写もあるが,100年後の日本が舞台であり,リアリティーある造形物の描写やその想像力には驚かされる。
 そして,なによりも個性ある登場人物が多く登場するところが,この作品の魅力だ。

・・・・・・・・
転載終わり。

創作してきた物語「プライオリティ」・・・シーズン5から先を作るとしたら、参考になりそうな世界観、テーマなので、興味もった。いや、今まで描いてきた「プライオリティ」の続きというよりも、視点を変えた話、舞台を変えた話、パラレルワールド的な話として、たとえ形にならなくても、構想するだけでもやってみたい^^;

本編「プライオリティ」(http://ncode.syosetu.com/n1557cj/ または http://www.pixiv.net/series.php?id=471062)は、トウア国と言う比較的豊かで恵まれた国が舞台で、セイヤとリサが主人公だったけど、
敵側に焦点を当てたり(視点を変える)、舞台をシベリカ、あるいは独裁国家ノースリアあたりにしたら、かなり「えぐい話」もできそうだ。

本編から枝分かれした話なら、「吐き気がするような嫌悪感バリバリなもの」とか、思いっきりできそう。たまに、そういった話を作ってみたくなる^^

本編「プライオリティ」シーズン4までの話は、残虐シーンやえげつないシーンはあるものの、全体的にはやっぱり「お行儀いい」。
一番のエログロ描写?は、ヒロインのリサちんが、嫌がらせされるシーン。でも実際にやられるわけじゃない。
http://ncode.syosetu.com/n1557cj/110/
この回の話で、理沙が『善人?』に嫌がらせされるとこ考えていたら、「デビルマン」のヒロインが民衆に首を切断されて惨殺され、串刺しにして掲げられるシーンを思い出した^^;
あとヒロインが悲惨な目にあうといえば「ベルセルク」か。

そう、私もそういった作品に影響を受けている。もちろん、実際にやってみたいわけではないが、影響は受けるのだ。

が、ごくごく少数の影響を受けた人の中には、女性へ暴力を振るう者もいるかもしれない?

仮に「街宣女子」や「嫌韓本」が、在日コリアンへの差別を扇動し、読み手へ影響を与えるのだとしたら、
「女性への暴力コミック」もそれくらいの影響力はあるだろう。

ならば、それら「女性への暴力シーンがあるコミック、アニメ、映画、小説」なども規制対象にすべきだ、ということになる。

女性への暴力シーンといえば・・・
女性器に何か突っ込んで残虐に殺すシーンは「はだしのゲン」にあった。あれは日本兵が中国人女性にやったという描写しているけど、実際は、通州事件などで日本人が中国人にやられたという。

そう、左派には大人気の「はだしのゲン」であるが、そういった残虐シーンがある。
これについては、どうだろうか?

またアジアで3000万人を虐殺したという記述もある。3000万人はあり得ない数字だ。
アメリカが原爆と空襲で日本人を殺戮しまくったが、それでも戦死者と空襲で亡くなった人を合わせて、戦争による日本の犠牲者は・・・軍人174万0955人、民間人 39万3000人で、合計213万3955人だそうだ。

・・・日本全国を空襲し、2発の原爆をもってきても、日本一般市民40万人しか殺戮できなかった豊かなアメリカ。対して、当時、貧乏だった日本がアジアで3000万人も殺せるはずがない。

はだしのゲン」は「日本を過度に悪に仕立て上げ、ウソを描いた日本へのヘイト漫画」という声もある。

なのに「日之丸街宣女子」がダメで、「はだしのゲン」はいい? そういったことも疑問だ。

そうそう、小説「ジェノサイド」(高野和明・著)のことも思い出した。あれも残虐シーンがけっこうあった小説だ。

物語の中で、ひとつひっかかったのが、「殺人嗜好の狂った日本人元自衛隊員」と、「基本的に良い人・アメリカ兵」が出てくるのだけど、「狂った殺人大好き日本兵」は、襲ってくる少年たちを殺している途中、「良い人であるアメリカ兵」に殺される。

いや、べつに「狂った殺人大好き兵」が日本人でもいいけれど、作者は『南京大虐殺』のことにも触れていて、「日本兵=残虐性が飛びぬけている悪」とでもしたかったのかな、と穿った見方をしてしまった。

ただ、襲ってくる少年兵らを殺すのは正当防衛であるし、「悪に描写されていた狂った日本兵」があっけなく「良い人に描写されているアメリカ兵」に殺されるのも・・・なんだかなあ。

主人公である『善なるアメリカ兵』は・・・『襲ってくる少年兵。けど無理やり兵士にさせられたかわいそうな境遇の少年たち=弱者』のために、『正当防衛で少年兵を殺す悪の日本兵』を殺す。今まで仲間だったのに。

それでもアメリカ兵は、いちおう自分がやったことを反省はする。けど、それで終わり。
そのあと、ほかのことで大笑いして、明るい気分を取り戻し、殺した日本兵のことは忘れてしまったようだ。

ある意味、『善人とは何か』を描いたシーンだなあ、と思った。
ま、残虐シーンが多い小説だった。

そんなわけで、「日之丸街宣女子」やほか嫌韓本がダメで、こういったほかのエログロや残虐シーンがある漫画、アニメ、映画、小説、日本および日本兵や日本軍人を過度に貶める内容のものがOK?
その線引きはどこにあるのか???
誰の価値観で、それを決めるのか?

規制をかけるということは、そういうことも明確にしないといけない。

ちなみに、韓国への嫌悪感を持つ日本人が多いのは、韓国の異常な反日ぶりが原因だろう。

最後に、漫画原作者の小池一夫氏の発言を転載しておこう。

【漫画やアニメやゲームに影響を受けて犯罪を犯す者がいるから表現規制というのなら、それらの表現に救われた多くの人達にも言及しなければ。「いいものだけ」を集めた表現世界は存在しないのだ。僕らはユートピアに住ンでいるわけじゃない】

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私は「アナと雪の女王」の面白さがあまりよく分からない・・・
ストーリーはずいぶん単純な話だな・・・画像や音楽も、ま、ほかの映画と較べて、そんなにすごいとも思わなかった。感動もしなかった。

美女と野獣」「ラプンツエル」のほうが面白く感じられ、画像も音楽も惹かれ、何度も見たし、心に残った。

アナと雪の女王」を世間が思うほどに素晴らしいと思えない私の感覚は、世間とずれているのかもしれない・・・感覚がずれている私の作っているものは他の人にとってはちっとも面白くないのかもしれない、と思う今日この頃^^;

でも、この感想を「友人知人との交流があるSNS」では吐けない。
アナと雪の女王」が大好きな人が、私のこの「正直な感想」を見たら、あまり気持ちよくないだろう。
しかも「アナと雪の女王が大好き、感動した」と公言している友人知人がいた場合は特に。

SNSやFBでは、場の空気というものもあるし、そう考える人は多いだろう。日本人の場合。

でも外国人は違うのかも?

日本人は「和」を大切にするあまり、自己主張をしないことも多々ある。

自己主張しないことは「悪いこと」のように捉えられることも多く、たしかに「和」を大切にすることで、「息苦しさ」を感じる場合もある。

ま、それでも「ここ」にならば、この程度の感想なら書いてもいいだろう、ということで書いた^^;

自己主張、表現の自由は、基本、大切にされるべきだとは思うし・・・不特定多数の人々の中には、私と同じ意見「アナと雪の女王の何が面白いのか分からない」っていう人がいるかもしれないし、「ああ、私の感覚と同じ人がいる」と安心?する人もいるかもしれない^^;


さて、前置きはこれくらいにして・・・
まずは、このニュースを紹介しよう。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150113/k10014646831000.html より以下一部転載。

【仏新聞社 預言者の風刺画を掲載へ

武装した男らに襲撃され12人が犠牲となったフランスの新聞社「シャルリ・エブド」が、14日の最新号で、イスラム教の預言者ムハンマドを描いた風刺画を掲載することになりました。
「シャルリ・エブド」は14日に事件後初めての新聞を発行するのに先立って、その内容をメディアに公表しました。

「生存者の号」とのタイトルが付けられた最新号の表紙には、イスラム教を象徴する緑を背景に「私はシャルリ」というメッセージを持ったイスラム教の預言者ムハンマドを描いた風刺画が掲載され、「すべてが許されます」ということばが書かれています。

イスラム教では、預言者の姿を描くことは教えに反し、預言者を冒とくする行為だとされています。

最新号に掲載される風刺画について、新聞社の弁護士はフランスのラジオ局の取材に対し、「風刺画は預言者だ」としたうえで、「われわれは、冒とくする権利も含めて一歩も譲歩しない。そうでなければ多くの犠牲を払った事件の意味が失われる」と説明しました。

この新聞社では、最新号の発行部数をこれまでの6万部から300万部に増やして25か国で販売する予定ですが、今後、イスラム教徒の反発を招くことことも予想されます】

転載終わり。

テロ行為は許されない・・・テロに屈するべきではない・・・とはいえ【冒涜する権利】?

ある宗教の神、信仰する人々を冒涜する権利があるなら、ある民族を差別する権利やある民族を貶める権利、あるいは子どもをターゲットにいかがわしい性描写する権利、あるいはナチスを崇拝し、それを表現する権利も認める?

表現の自由との線引きの難しさを改めて思う。

欧米の人たちは、この新聞社の主張「冒涜する権利」を認めるのかな。
なら、当然、イエス・キリストやエホバなども冒涜する権利を認めないとおかしいし、ある宗教の神や預言者への冒涜を認めるなら、ある民族やある人種の冒涜も認めてもいいのでは? ということになり、じゃあ民族差別や人種差別も認めてもいいよね? と言い出す人も出てくるのでは、と思ってしまった。

物語「プライオリティ―謀略戦」のシーズン2のエピローグの1話目http://ncode.syosetu.com/n1557cj/64/ では、登場人物サギーに・・・

【正義を装いながら、実は自分の利益を優先してしまう……人間は皆、そんなもんよ。本当の正義など存在しない。そして人間は、自分が優位に立ちたがり、他者を差別したがる生き物なの。それが現実】

・・・と言わせたが、本当にそうなんだな、と改めて思った。

考えてみれば、「平等」を理想を掲げた共産主義は壊れ、むしろ共産主義の国の方が差別が酷かったりする。

そして「自由を大切にするフランス」では相手を貶める自由・権利も尊重され、それが諍いを生むのかもしれない。

「和」よりも「自己主張」・・・大陸系民族はその傾向が強いように思う。ま、そうでなければ生き残っていけなかったのだろう。そして権利は戦って勝ち取ってきた歴史もあるので、戦うことに躊躇しないのかもしれない。

日本はこの「冒涜する権利」に違和感を持つ人が多いかもしれない。でも海外は違うのかも。

そんな価値観の全く違う海外諸国とお付き合いするには、やはり自分を守る術=武力=武装、強力な軍隊は必要だ、と思ってしまった。

だからといって憲法9条改正には、私は今は「とりあえず反対」かも。

テロに屈しない」として、挑発も良しとする欧米に、日本も引きずり込まれ、イスラム過激派組織と対峙する羽目になる可能性も出てくるからだ。

べつに憲法9条があるから平和が保てる、とは思っていない。ましてや「軍を持たなければいい、武力は持つべきではない」などとは思わない。
アメリカが本気で守ってくれないなら、核武装もすべきだろう。

中国へのけん制は「集団的自衛権」を盾に立ち回ってほしい。憲法解釈など、その時の状況で変えてしまえばいい、と思う。

憲法9条と集団的自衛権、両方使えばいい。

中国や韓国は信用できないのは当然だが、欧米も結局は「自分たちが良しとする価値観を押し付けてくる不遜な国々」かもしれない。

そんな国々の中でうまく立ち回るには、「理想」「真の正義」は邪魔でしかないと、この「冒涜する権利」の件で思ってしまった。

こういった思いを「プライオリティ」のキャラたちに反映させているのである^^;

・・・・・・・・・・・

と、まあ結局「自分の作品の宣伝につなげるのかい」ということだけど・・・

おそらく常連さんはほぼいないだろう(ブックマークは1件だけ)「ここ」だから、宣伝もしつこくできる。
いや、それでも「読んでいる人はうざいのでは? きっとこの『毒吐きエッセイ』からは離れていくだろう。もう二度と訪れないだろう」と思ったりする。

SNSやFBでは、これほどしつこく宣伝はしない。FBでは最初の1,2回でやめている。SNSではごくたまに、「プライオリティ」および「パラレル・プライオリティ日本編」に触れる程度だ。

それでもSNSでも、もう触れないほうがいいかも・・・内心、うざがっている人もけっこういるかも、と心配もしている。

そう、交流サイトでは、宣伝しづらい。
やはり「遠慮」が働く。

なので結局、SNSやFBでの発言は減る。とくにFBではほんと、発言しなくなった。

いや、「プライオリティ」の宣伝とそれにまつわるネタを考え、こういったところで発信していると、それ以外に何か発言するエネルギーはなくなってしまうのだ^^;

私がしたい自己主張は「まずは作品を宣伝すること」、今現在、これのみに絞られている。

「ここ」で宣伝することさえ、「毎度毎度うざいかも」と思いながらやっているので、FBとSNSはそれ以上に遠慮してしまい、結果、発言することについて億劫になってしまう。

場の空気を読み、「和」と尊ぶあまりの、必要以上の遠慮は、人間関係をフェードアウトさせていくものなのかもな、と思ってしまった。

ま、「作品の宣伝」は、基本、人を傷つることはないので、そのへんは気楽ではある。
ただ、「しつこい宣伝」はうざい=不愉快にさせているかも。

そして、作品宣伝するために何かをネタにし、話題にした場合も、人を不愉快にさせることはあるのかもしれない。(「アナと雪の女王」の面白さが分からない、「憲法9条」「集団的自衛権」への考え方、「左派を批判してしまうこと」など・・・)

自己主張と『和』・・・表現の自由について、いろいろ考えさせられる。

・・・・・・・・・・・・
というわけで、作品宣伝・紹介(もち無料)

※物語「プライオリティ」について

イラストと小説の融合エンタメ♪
『不戦の民』と『戦犯』の子孫と『兄の遺志を継ぐ少女』が工作員らと戦う物語。
リサとセイヤ表紙

「なろう」で連載中↓
http://ncode.syosetu.com/n1557cj/

pixivではこちらです。
1~9→http://www.pixiv.net/series.php?id=471062
10~→http://www.pixiv.net/series.php?id=471062&p=2

 架空世界を舞台にしてますが、現代の日本と変わりない世界観になっています。

 漫画イラスト付き。
 謀略策略ありの人間ドラマ。
 基本シリアス、たまにコミカル。
 オリジナル長編小説。

 漫画のような分かりやすさとノリ、小説のような登場人物の心理描写と展開の早さ、読みやすさを心がけてます。

 シーズン1は恋愛要素あり。主人公とヒロインの心の物語が中心。敵の正体や思惑も明らかに。
 シーズン2は対工作員・謀略策略戦。狙われる主人公たち。
 シーズン3はテロ戦争・戦闘・銃撃戦。首相も登場。国の存亡をかけた作戦とは。
 シーズン4は国に見放された少年少女工作員との闘い。そして政界で謀略策略が。本当の黒幕は?

※次シーズンに橋渡しをしつつも、物語はシーズンごとに区切りをつけます。 各シーズン9万字~11万字程度です。
 はじめのほうは右傾化エンタメと思われそうな内容ですが、物語が進めば、実はそうでもありません。

「パラレル・プライオリティ日本編」について。
こちらは明るくユーモアたっぷり楽しいコメディ短編集。

本編「プライオリティ」のパラレルワールドとして、本編のキャラたちが日本人として登場する、現代の日本を舞台にした物語です。
なお、本編を知らなくても、分かる内容になってます。

夫婦愛、家族愛、ほのぼのな日常生活を描きつつ、日本の社会問題を少し織り交ぜながら、ちょっと悪乗りしつつもコメディタッチで描く短編集。
日本の文化や四季折々の習慣にも触れていければと思ってます。

なお、短編として一話一話で区切りがついており、時系列に進むとはかぎらないので、どの話から読んでも大丈夫です。

パラレル・プライオリティ表紙

不定期連載中↓
小説になろうサイトより「パラレル・プライオリティ日本編」
ピクシブより「パラレル・プライオリティ日本編」

1話 「聖夜」――理沙と静也のクリスマス。性夜となるのはお約束。そこに至るまでの小さないざこざとは・・・
2話 「大晦日」――お節と夕食作りに励む理沙。そこに込められた願いとは――
3話 「煩悩の年越し」――清い心で迎えるはずだった年越しが――R指定するほどではないプチエッチ入り。
4話 「元日・お雑煮」――むっちりもっちりな理沙の太もも――
5話 「元日・年賀状」――人間関係って難しい――
6話 「セクハラ鏡餅」――下らない戦いに巻き込まれる静也――
「なぜ、今更ほりえもん?」というと、久米宏のテレビ番組で久々「ほりえもん」を見たからだ。

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以前、ほりえもんが「お金で人の心も買える」と豪語していたことについて、世間では悪く見ている人が多かった。

ほりえもんが言ったことは、本心なのかは知らないが、極端なこと(過激なこと)をいって目立つ、宣伝する、というのは、よくある手法だ。
本なども、中身はもちろん、タイトルや帯なども、過激なことを書いて、注目させて、売る、というのは、当たり前である。

んで、多くの人は「偽善」を嫌うので、ちょっと過激に本音、正直っぽいことを言ったり、書いたりすると、割と支持を得られたりする。「偽悪っぽい」ほうが、本音っぽくて、支持を得られたりするのだ。
もちろん、嫌われる場合も多いだろうが・・・ 関心を持たれないよりはずっといいだろう。

⇒続きを読む

ハヤシ

Author:ハヤシ
2003年から8年間、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)のサイトで、マンガ「ショパン物語」を連載してました。

商業誌でマンガ連載経験あり。

主な作品 
「音吉君のピアノ物語」(小学館・少年サンデー) 
「ご令嬢金崎麗子」(集英社・スーパージャンプ) 
「スカイプレイ」(秋田書店・ヤングチャンピオン)
ほか読み切り多数。

ちなみに「音吉君のピアノ物語」(全6巻)が欲しい方はこちらへどうぞ↓
小学館コミックス「音吉君のピアノ物語」オンデマンドのページ

書き下ろしピアノ漫画「ピアニスト」(彩図社)は現在、中古本としてアマゾンなどで流通。

このブログでは、ピアノ、ショパンネタ、マンガ・物語創作、作品感想、社会ネタ考察記事を書いてます。
RPG「クロノトリガー」に、はまったので、「クロノ関連ネタ」もあります。

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○ハヤシの過去のHP(凍結)

クロノ曲ピアノアレンジ、イラスト、二次創作物語、クロノ関連雑記などを保管したHP↓
「クロノトリガーとドラゴンクエスト」

マンガやピアノなどについての過去の雑記があるHP↓
「マンガとピアノの道」

ハヤシのピアノ演奏録音↓
「クロノ曲」ピアノアレンジ
「ショパン」の曲


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