ハヤシのブログ

物語創作、ピアノ・ショパン、漫画、クロノトリガー、社会問題などについて語ります。

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以前の記事「コドモのコドモ」で・・・11歳の妊娠出産を通して、命の大切さを見つめ、子供たちの力強さを描いた作品だとする制作者の言うことを「きれいごと」である・・・と、ちょっと辛らつに語ったけど・・・

>本当に命の大切さを思うのなら、子供たちは自分たちだけで友達の危険な出産を手伝うのではなく、医者に診てもらうように病院へ連れて行くべきだし・・・力強いというのは、勇気をもって大人たちに相談すること、話が通じなければ説得することだと思うのだけど・・・まあ、しかし、それだと「物語」にならないのだろう・・・だとすれば、そもそもそんなテーマを掲げながらの「11歳の出産物語」は無理がある、ということだ。(ちなみに原作コミックのほうは、学校問題を扱ったもう少し違うテーマのようだ)

というわけで・・・

「きれいごと」というと、悪い意味で捉えられるけど、自分としては「きれいごとは悪いことだ」とは思っていないのである。
とくに「物語上のきれいごと」は必要なこともけっこうあるだろう。

今回はそのことについて、語ろう。

物語上の「きれいごと」・・・ややもするとウソっぽくなったり、シラけたりするが、でも「感動させる」ための要素でもあるのだろう。

ジブリアニメで有名になった「火垂るの墓」
食糧難の中、兄妹で生きていこうとするが、妹は死に、最後は兄も餓死してしまう戦争の悲劇を描いた作品であるが・・・
原作は野坂昭如の小説で、野坂氏の体験が元になっていると、どこかで聞いたことがあるのだが・・・本当は「あのような美しい物語」ではないらしい。
当時、あまりにお腹が空き、少ない雑炊を分けるのに、自分(兄)は、妹に上澄みの湯の部分しか与えず、自分が多く食べ、結局、妹は死に、自分は生き残った、というような話だったと思う。
>うろ覚えで、どこで聞いたのかも定かでないが。

でも、それだけ実際の戦争は悲惨だった、ということなのだろう。
自分のことで精一杯であり、弱った妹に与えることができないほど余裕がなく、そうしなければ、自分は生き残ることが出来なかったのだろう。

つまり、「火垂るの墓=食べ物を分け合う兄妹の姿」は、野坂さんからすれば、あるいは戦争を経験し、食糧難で餓死の危機にあった人たちから見れば「きれいごと」なのだろう。
が、それでも戦争の悲劇は伝わるし、そういった「物語上のきれいごと」はいいと思う。

「事実」は必ずしも物語に必要ではない、と思う。
そして、野坂さんは、「本当のこと」を知りながら、体験しながら、ああいった物語を描いたのだろう。

で、もしかしたら・・・
「自分(兄)は、物語のように行動したかったのだけど、できなかった。だから、せめて物語上だけでも、理想の兄でありたい」と思いながら、物語を綴ったのかもしれない。

物語は「素敵なウソ」でもある。
もちろん「火垂るの墓」は、悲惨な話で、とても「素敵なウソ」と言えないかもしれないけれど、「兄妹愛は素敵」だったのではないだろうか。

さて、その一方での、「ただのウソ」となってしまったらしい物語について・・・

「きれいごと」というわけではないが、「リアリティ」ということについて語ろう。
同じく戦争を扱った作品、映画「硫黄島からの手紙」をとりあげよう。
(ちなみに私は「硫黄島からの手紙」は見てない)

評論家の大宅映子氏が、ある雑誌に書いていたのだが・・・劇中、硫黄島に着任した中尉の「歩こう。そのほうが健康にいいからな」という現実味のないセリフにガックリしてしまい、そこでその世界がウソっぽくなってしまい、感情移入ができなくなったというのだ。

まず、あの戦争を体験した者、そして戦後の混乱期、たくさんの餓死者を出した食糧難の時代を経験した者からみれば、「健康のために歩こう」という発想はなかったという。

「健康のために歩こう」という発想は、飽食の現代で出てきたごく最近の発想・・・つまり、カロリーオーバー気味なので、歩いたりして運動をしましょう、ということであり・・・
食糧難の栄養失調の人であふれていた時代では、「健康のために歩く」なんてことはまず考えられないし、そんなセリフはおかしいのだそうだ。

監督や脚本家、映画制作に携わった人たちは、戦争体験がなく、飽食の時代しか知らず、現代の発想でしか考えられなかったのだろうか・・・?

けど、私も「食糧難の時代」は経験ないので、
もしも映画「硫黄島からの手紙」を見たとしても、その大宅氏の批判を聞くまで、「健康のために歩こう」というセリフに違和感をもつことはなかっただろうし、なんということはないセリフとして聞き流していただろう。

が、食糧難の世界や戦中戦後時代を知っている人から見れば、「ウソっぽい」ということで、そこでシラけてしまうのだろう。

戦中戦後の食糧難の時代を描いた物語・・・
「火垂るの墓」の、兄妹で食べ物を分け合うという「きれいごと」はOK・・・リアリティなどなくていい、と思うし、そのことについて「ウソっぽい」と言う人はいないだろうが・・・
「硫黄島からの手紙」での、「健康のために歩こう」というセリフは、リアリティがない、現実味がない、シラけてしまうのかもしれない。

そして、それは受け手の経験、知識、感性で、作品に対する見方がそれぞれ違ってくるのかもしれない。
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ハヤシ

Author:ハヤシ
2003年から8年間、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)のサイトで、マンガ「ショパン物語」を連載してました。

商業誌でマンガ連載経験あり。

主な作品 
「音吉君のピアノ物語」(小学館・少年サンデー) 
「ご令嬢金崎麗子」(集英社・スーパージャンプ) 
「スカイプレイ」(秋田書店・ヤングチャンピオン)
ほか読み切り多数。

ちなみに「音吉君のピアノ物語」(全6巻)が欲しい方はこちらへどうぞ↓
小学館コミックス「音吉君のピアノ物語」オンデマンドのページ

書き下ろしピアノ漫画「ピアニスト」(彩図社)は現在、中古本としてアマゾンなどで流通。

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