ハヤシのブログ

物語創作、ピアノ・ショパン、漫画、クロノトリガー、社会問題などについて語ります。

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ワシは・・・暇でわりと元気があるときは、たまに、売られたケンカは買うことがあります♪・・・暇つぶしの単なる「はけぐち」として。

このサイトも、昔はBBSがあり、管理人として、ある程度空気を守ろうという姿勢もあったけど、今はブログのみ、空気を守ろうなどと、あまり考えてない。しかもコメントは管理人承認制である。


さてさて、真面目に語るべきことを使ってネタにし、毒盛りと皮肉たっぷりで語っていいのか、とも思ったが・・・あえて、黒い管理人らしくいってみようか。
ま、タイトルを見てくれれば、皮肉たっぷりなのは、分かるだろう。底意地悪いのー。

きわめて低レベルw、お気の毒な管理人ということで目をつぶってくだされ。

ただし、後半は真面目です。なのでカテゴリーは「死刑制度関連」

というわけで、まずは前半・・・毒盛り独善語りの始まりー
さてさて、リアルでもネットでも、自分は、議論に参加することはきわめて稀。
見ているだけである。

まあ、ネットでは自分の管理下にあるサイトのみ、参加することがある。管理人だから、当然だわな。


けど、「疲れた、興味なし、不毛、意味なし」という場合は、どうしたらいいか。

丁重に謝り、おひきとり願う・・・謝られた相手は「勝った気分」で気持ちよく退散してくれるだろう。
そこまでして、機嫌をとらなくてもいいのでは、という場合、無視、放置もいいかもしれない。

おそらく、大方の管理人さんは、そうするのだろう。それが賢明である。

が、暇つぶしに、売られたケンカを勝ってみようか、という場合もある。

で、今までのことを振り返って、ネタとして語ろう。
テーマは「議論などで、相手を論破したつもりで、勝ったつもりになるには、どうしたらいいか」

いや、テーマを決めても、脱線しまくりになるかもしれないが(苦笑)



まずは、自分が論破されそうになったら・・・「問題点をずらして、相手をつっつきまくれ」である。

例として・・・今まで自分が語ったものを引用しながら、その方法を探っていこう。


「死刑制度について」
>本来、真面目に語るべきものを引用するべきでないが、最近の記事ということで、分かりやすいだろうし、これが馴染みあるだろう。


私は「死刑制度賛成」である。
理由は「できるだけ公平であること」「被害者の人権、権利を考えて・・・」など、そういうことを前日記まで長々と述べた。

これをつっつくには、どうしたらいいか。
「あなたの考える公平とは何か?」
「人権とは何か?」

と、ずらした疑問を投げかけるのだ。

「公平とは何か?」「人権とは何か?」と漠然と問われても、答えようがない。


ま、答えるとすれば・・・

「命には命で償う」が公平ではないか。
「人権とは、人間らしく生きる権利」と。


さらに、これをつっつくのだ。
「じゃあ、2人殺した場合は、3人殺した場合は、1人の加害者の命でしか償われない。公平じゃないのでは?」
「人間らしく、とは?・・・そもそも、被害者が人間らしく生きる権利とは何?」
というふうに。


とにかく、こうやって、質問攻めにするのだ。
必ず、どこかに「説明できない、あやふやなもの」がある。そこを突いていくのだ。

いつの間にか、論点はずれていく。
「公平とは何か?」「人間らしいとはどういうことだ?」と、観念論?的なものに、すりかえていくのである。

答えるほうは、説明しきれなくなり、感情的になったりする。
それこそ、つっついている側の思う壺。

なので、答えにつまったら、つっついている側の人間に、「では、あなたの考える人権とは?」「あなたは公平とは何だと思いますか?」と、相手の質問に、質問で返す。

まあ、返されると、困ってしまう質問だ。

なので「質問に質問で返さないでください、卑怯ですよ」と相手の人間性を批判する。

あるいは「まずは、あなたが答えるべきでしょう」と逃げるか、あるいは、難解な言葉で相手が理解できないように、それらしく説明する。

相手は理解できないので、返しようがない。
しかし、たいてい相手が理解不能な説明しかできないということは、自分もあんまり分かっていないことが、大半である。

あんまり分かってないことを認めるのは悔しいので、ごまかす。いや、「じつは自分がよく分かっていない」のさえ、気づいてないこともある。ただ、相手が理解できてないことに、喜びを感じるのだ。相手よりも上だと。なので、「実は自分もよく理解できてないこと」を認めようとしない。、

ま、相手が理解できないようにする、というのは、相手がつっつけない、つっつきようがない、ので、議論で勝ちたい気分を味わうには、有効な手である。

そして、止めを刺す。「こんなことも理解できないとは・・・議論に参加する資格はない。語る資格はない」と。

しかし、そもそも議論とは、相手に分かりやすく説明をし、理解を求めるためにあるのだけど。

私のような低レベルな人間は「論破して、いい気分になりたい」「相手に勝った気分でいたい」と思うので、「相手にわかって欲しい」というよりも「論破して、勝った気分に浸りたい」ほうをとることも、大いにあるのである。

まあ、こんな低レベルな人がいると、議論は不毛になる。あんまり意味はない。
なので、暇つぶしか、ちょっと遊ぼう、っていう感覚で、お付き合いするか、真面目に議論したい人はそうそうに退散するほうがいいかもしれない。

というわけで、理解できないことを相手が言ってきたら、上で言ったようなことを返すといい。
「理解できない説明しか出来ないということは、あなたも理解できてない、ということですよ」と。

しかし、ここまできてしまうと、「いったい、何について議論していたのか」だろう。

そう、本当は「自信がない人」こそ、こうして論点をずらしていくのである。
目的は、とにかく相手を論破すること、相手をへこますこと、相手に勝つこと、なので。

さてさて、ネット上では「無視」もできるので、困る質問や答えようがない質問には無視して、そのまま話を進めてしまうのも手であろう。

もちろん「さっきの質問に答えてください」と食い下がられる場合もある。
それも無視して、とにかく話を進める。

さらに食い下がられたら「しつこいですね。粘着質ですね」と相手の人間性を批判する。

相手がそこで感情的になれば思う壺。

だが、「逃げないでください。逃げるということは、質問に答えられないということですね」と、つっつかれる場合もあるだろうし、逆に「卑怯ですね」と人間性を批判される場合もあるだろう。

その場合、「そういうことを言う人とは議論したくない」と逃げるか、さらに相手の人間性批判を返し、荒らして、ごまかす。

まあ、論破できそうもなく、勝った気分が味わえない、と思ったら、途中で逃げるもよし。

本当は勝てそうもないので逃げるのだが、「ふん、このような不毛な議論をしても仕方がない。低レベルな人を相手にしても時間の無駄」と、あくまで自分が勝っている、と思い込む。

そして、次の新しい議論の場や議論の相手を見つければいいのである。勝てそうだったら、参加し、勝った気分を味わい、つかの間、自分を慰めることができる。

また、ごまかし、つっつくだけの自分に、相手があきれはれ、退散していくのに、その場合は「相手は逃げた。私は勝った。ふははははー」と思い込むのである。

いや、こうしてみると、こういう人って、迷惑だけど、かわいそうかも?

こういう「とにかく論破したい人」は、おそらく、世間に、あまり認められてない人が多いかもしれない。
認められてないので、せめて、議論の場で勝った気分を味わい、皆を認めさせた気分を味わいたいのだ。

気の毒だ・・・と、思ったそこのあなた、心を広くして「ああ、あなたの論に感服しました」と褒め称えてあげるか、関わらないでおくか、それとも、「いやいや、論破し返し、もっと惨めな気分に陥らせてやろう」とがんばってみるか・・・人それぞれだろう。その日の気分、というのもあるだろう。

そもそも、こういうことを書いているハヤシさんが、一番お気の毒であるかもしれないw

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さてさて、ちょっち話を戻して、真面目に。
本来、皮肉ったり、おふざけで語るべき問題ではないので。


この「死刑制度問題」で
よく聞くのが「死刑賛成と声高に叫ぶあなたも、人殺し。加害者と同じレベルなのだ」という考え。

しかし
「じゃあ、懲役刑は拉致監禁ということで、それを認めるあなたも犯罪者」と返せる。

返せるときは、そのまま論点をずらさず(まあ、これが論点なのか?とも思うが)、返す。

さすがに「死刑=殺人よりは、懲役刑=拉致監禁のほうがマシだ」とは返せないだろうが、まあ、返されちゃったら、国の刑罰に賛成する人は犯罪者なんですね。法治国家は犯罪者だらけですね、と皮肉って返せる。

なので
もし、自分が死刑廃止の論を考えるとしても、これは、あまり良い方法ではない。
もちろん「死刑を求めるなんて、人間として冷酷」と、人間性攻撃しても、「じゃあ、被害者遺族に、それをいえるのか?本当にそう思うなら言えるだろう。でも、言えるあなたこそ冷酷」と返されてしまう。

「人権を大事にするヨーロッパは死刑を廃止している」「死刑は野蛮だ」「終身刑導入を」「加害者を死刑にしても、被害者は生き返らない」「刑罰は、被害者側の報復の道具ではない」「そもそも刑罰は被害者感情のためにあるわけではない」「殺人抑止力にならない」などなど考えられるけど、おそらく、どれも反論できてしまう。

それでも死刑は嫌悪感がある。
「あなたには、その嫌悪感がないのか?」と問うてもいいだろう。

でも「嫌悪感はあるが、必要悪である。仕方ない」と返されてしまうだろう。


「死刑にして、それで終わりにしていいのか?解決になるのか?」と問えば
「殺された被害者の人生は終わっている。ほかの刑罰ならば、解決されるのか?」と返されたり

そもそも仮に終身刑があったとしても、社会・世論は「この事件は終わった」として、あまり報道もしないし、問題にもしないだろう。
ただの懲役刑で社会復帰となれば、かえって「あの犯人が帰ってきた」と騒がれたくないだろう。

死刑だろうと、終身刑であろうと、無期懲役にしろ、刑罰が下った時点で、社会は「これで、いちおう終わった」となってしまうのである。

自分が「死刑制度賛成」の理由に、もうひとつ・・・実は「なるほど、これは死刑廃止にするべきだ」というものがないのである。少なくとも、自分は見つからない。

もちろん、論点ずらしまくりの観念論で、「あなたの考えは穴だらけ」と批判されるだけでは、「自分が間違ってました。なので死刑廃止派になります」ともならないし、ほかの死刑制度賛成者を説得できないだろう。

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追記

いやー、そーいやー、フランスは人権を大切にする国、と言われているようだけど・・・たしか、核をもっているよなー。

あのような破壊兵器をもっている国が「人権を大切にする国」ともてはやされるのも、なんだかなー。

いやいや、ほかの国の人権のことなどどうでもよいので、人を大量に殺戮できる核兵器をもっているのか。

ま、もちろん、自分の国を守るため、そういった軍備は必要ということだろう。

だから、アメリカ(戦争で一番多く人を殺した国はアメリカだろう)の言うことも、まあ、それほど聞かなくてもいいぐらいの力があるのか・・・

ま、それにしても・・・
死刑を行う国は野蛮だが、一番の破壊力を持つ=一番人を多く殺せる兵器=核をもっている国は野蛮じゃないのか・・・?

ま、核でなければ、たいていは、どの国だって、人を大量に殺す目的の兵器はもっているけれど。


ああ、あと兵器を売ったりして、商売していると聞いたことがあるような・・・(日本は直にそういうことには関わらない。憲法9条もあるし)

いやあ、野蛮っていうのは、どういうことをいうのだろう?
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ハヤシ

Author:ハヤシ
2003年から8年間、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)のサイトで、マンガ「ショパン物語」を連載してました。

商業誌でマンガ連載経験あり。

主な作品 
「音吉君のピアノ物語」(小学館・少年サンデー) 
「ご令嬢金崎麗子」(集英社・スーパージャンプ) 
「スカイプレイ」(秋田書店・ヤングチャンピオン)
ほか読み切り多数。

ちなみに「音吉君のピアノ物語」(全6巻)が欲しい方はこちらへどうぞ↓
小学館コミックス「音吉君のピアノ物語」オンデマンドのページ

書き下ろしピアノ漫画「ピアニスト」(彩図社)は現在、中古本としてアマゾンなどで流通。

このブログでは、ピアノ、ショパンネタ、マンガ・物語創作、作品感想、社会ネタ考察記事を書いてます。
RPG「クロノトリガー」に、はまったので、「クロノ関連ネタ」もあります。

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○ハヤシの過去のHP(凍結)

クロノ曲ピアノアレンジ、イラスト、二次創作物語、クロノ関連雑記などを保管したHP↓
「クロノトリガーとドラゴンクエスト」

マンガやピアノなどについての過去の雑記があるHP↓
「マンガとピアノの道」

ハヤシのピアノ演奏録音↓
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