ハヤシのブログ

物語創作、ピアノ・ショパン、漫画、クロノトリガー、社会問題などについて語ります。

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まだ続くか、死刑関連ネタ・・・せっかく前日記でクロノ・プチエロ・ピンク気分だったのに、またこのネタに戻るのか?と、さすがに辟易している人も多いだろう・・・ちなみに次回の予定はまたちょっと違う「黒い日記」である^^;)

まあ、憲法のお話について、ちゃんと答えてなかったので・・・(5月3日の憲法記念日は過ぎてしまったが)

憲法云々については、後半に感想を書いた。(ので、こちらだけ興味ありの方は、下へスクロールしてくだされ)

前半については、ほぼ前の日記で語った内容と重複している。(ま、新しく、ここだけ読む人もいるだろう、ということで)
さてさて、死刑制度賛成も反対も、これは平行線なのだな、と改めて思った。
正しい答えなどないので、お互い、つっつきあうことができる。(もちろん、どっちにも属せず、どちらに対してもつっつく、という人もいるみたいだが)

だからといって、こうした平行線議論が意味がない、とは思わない。
議論を見聞きして、私個人は「死刑賛成」のほうへ、より傾いた。
死刑賛成の人たちの考えのほうに共感したからだ。

なので、まず、その内容を紹介しよう。
今までの日記内容と重複しているが、分かりやすく説明するため、お許しを。



平行線議論・・・

たとえば、
死刑は取り返しが付かない犯罪だとして殺人はいけないと社会が示す姿勢だ、と私は書いたが

「人を殺してはいけないと、社会が示すのなら、人を殺す死刑はおかしい」「死刑=人殺しを認める社会は、殺人者と同レベルに成り下がる」と、つっつくことができる。

が、それは「犯罪者に対する刑罰とは別問題だ。それを言ったらすべての刑罰はおかしいということになる」「死刑=殺人を認める社会というなら、懲役刑=拉致監禁を認める社会ということ。死刑が殺人者と同レベルならば、懲役刑は拉致監禁犯罪者と同レベルということになる」


死刑は、被害者に対するせめてもの償い、相当の報いである、と死刑賛成派は思う。

こういった「命には命で償う」のが公平、相当の報いだ、という考えに対して・・・

死刑反対派は・・・
被害者を生き返らせることができないのだから、加害者を死刑にしても、償いにならない、
2人以上殺しても、1人の加害者の命でしか償えないから、公平とはいえない。
死刑が本当に、相当の償い、報いなのか?その根拠を説明せよ・・・などなど、つっつくことができる。


しかし、死刑にしても償いにならないのなら、何が償いになるのか?
「公平に」とは、「できるだけ」、ということで、完全に公平というのは難しく、不可能。だから不公平でいいというのはおかしい。
死刑が相当でなければ、どういう刑が相当なのか?・・・終身刑なのか?長期の有期刑なのか?では、そっちの刑が死刑よりも相当だというその根拠を説明せよ、
・・・と死刑賛成派は返せる。


平行線である。


被害者を生き返られることができないのだから、何をもっても償いようがない。でも、償いようがないからといって、何も刑罰を与えないわけにはいかない。
では、どういう刑が相当なのか、正しいのか、完璧な説明は出来ない。

それは、被害者側にたつか、加害者の人権を守る側に立つか、で分かれるのだろう。

おそらく、多くの人は、被害者側に立つだろう。
加害者側に立つ人は少ないから、「死刑制度賛成」という人が多いのだろう。

加害者側=殺人者側に共感する人はあんまりいない。殺人者に共感する人がたくさんいたら、ちょっとその社会はどうかと思う。

人権のことを言えば、「人間らしく生きる権利」ということで、実にあいまいな定義である。

刑事裁判が、被害者側無視というのは、多くの人が違和感もつだろう。

が、裁判という場で、守るべきは「裁かれる加害者の人権」であり、被害者側の人権など守ろうにも守れない、というのが専門家の意見なのかも?

たしかに・・・人権を「人間らしく生きる権利」とするなら、裁判で、被害者の人権を守る、って、どういうことだか説明できないが・・・

なので、素人の私などは考えるのは、被害者側も裁判に参加し、自分の思いを訴えたり、被害者遺族が少しでも納得できる刑を、加害者に科すことくらいだ。

もち、遺族の心などというのは、じつに「あいまい」で、もしかしたら、中には「死刑になって欲しくない」という遺族もいるかもしれないし、身内のいない被害者であれば、加害者を憎く思う遺族は存在しない場合もある。
なので、あまり「被害者側の権利」を主張すると、このへんを、死刑廃止派につっつかれることになる。

しかし、「じゃあ、被害者側を無視していいのか?」ってことになる。

すると「裁判ではない他の場で、加害者への厳罰を科す以外のほかの方法で救済を」というが、どう救済できるのか、だろう。

おそらく、救済など出来ない。刑罰の重さでもってしか、被害者側を納得させることはできないだろう。
遺族のいない被害者もあるだろうから、ひいては、社会(不特定多数の市民)を納得させる相当の刑罰を、ということになる。

やはり「社会の道理、掟」ということで、命を奪ったのなら命でもって償う、というのが、分かりやすく、納得できてしまうのである。(もちろん、場合によっては情状酌量はあるだろう)


もちろん、冤罪を防がないとならない。
取調室の可視化、自白の際に誘導尋問がなかったか、無理やりに自白させたか?、物的証拠はあるか?などなど・・・

冤罪は、痴漢などの軽罪にけっこうあるようである。
軽罪・微罪だから、たとえ冤罪の可能性があっても有罪にしてかまわないだろう、というのこそ「人権侵害」である。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


さて、では、その「人権」と「憲法」について
死刑賛成・厳罰化は、人権軽視=憲法軽視なのか?

「死刑制度賛成」というと、人権を軽く見ている、国家に死刑=殺人という権限を与えるのはいかがなものか、国家に人権を軽く見ろと言ってるようなもので憲法を軽視している、と、つっつかれるが・・・

おそらく一般の多くの人は、殺人を犯した者の人権よりも、被害者の人権を優先して欲しい、と思うだろうし、

国家に権限を与えるのは危険、と言われても・・・

じゃあ、犯罪者は個人でみつけて、裁き、復讐せよ、ということなのか?ある程度の権限を与えないと、個人は国家に守ってもらえないだろう。社会秩序も保てないだろう。ある程度の安全な生活のために、ある程度の権限を国家が持つのは仕方ない、とも思う。完全自由社会=無法地帯では、とても生活できない。
法律によって、国民は国家に管理されているが、それは守られている、ということでもある。

もちろん、権限をもつ国家の暴走を止めるために、憲法というのがあるのだろう。だから改定するとき、国民投票もあるのだろうし・・・憲法は、法律よりも上位にくるのだろう。

しかし、死刑賛成だから、人権軽視=憲法を軽視している、とも思えないのだ・・・

・・・それをいえば、じゃあ、終身刑や長期の有期刑は人権軽視ではないのか?死刑よりはマシという程度なのか。

人権を問えば、刑罰は人権軽視となる。が、刑罰のない社会は無法地帯と同じく、市民の安全な生活は保障されない。市民の人権が守れない、ということになる・・・

死刑は人権を奪う残酷な刑罰だというが、何を「残酷か」と思うかは個人個人で違う。
終身刑だって、一生、自由を奪うのだから、残酷といえば残酷である。
長期の有期刑だって、長い間刑務所暮らしだと、社会復帰させても、とても社会に順応できず、困惑するだろう。刑務所暮らしにすっかり馴染んでしまい、刑務所のほうがまだいい、という人もいるかもしれない。

なにをもって残酷というのか、とても感覚的なもので、「定義できない」だろう。

また「野蛮である」というのも同様。
なにをもって野蛮というのか、これも感覚的なもので、「定義できない」

>ちなみに「野蛮」について・・・
こちらの記事http://hakkusyunn.blog76.fc2.com/blog-entry-223.htmlの後半、追記にて。

つまり、これくらいの罪には、これくらいの罰が相当=適当だ、というのは、その社会の大多数の人の感覚が世論となり、決まっていくものなのかもしれない。

なので、死刑賛成=残酷=人権軽視=憲法に反しているとも思えず・・・国家の暴走につながる、とも思えず・・・である。

あるいは、憲法に、犯罪者の人権は制限される、と明記しろって?

そもそも、人権をうたう憲法も「感覚的なもの」かもしれない。だって人権って、どういうものなのか、とても、あやふやで感覚的な気がする。
そして死刑が人権軽視してるとして憲法に違反するのなら、なぜ今まで「死刑制度」があったのか、それは違憲ではないから、その制度は存在していた、ということになる。

憲法は、けっこう解釈の仕方でどうにでもなるものかもしれない。

>ちなみに憲法9条も、そうかもしれない・・・
憲法9条について語った記事はこちらhttp://hakkusyunn.blog76.fc2.com/blog-entry-198.htmlの後半、追記1にて。

いや、解釈の仕方しだいで、あやふやで、どうにでもなるというその幅・グレーゾーンは必要だと思うのだ。
そもそも杓子定規に決められないものだろう。
解釈の仕方は、そのときの社会事情にそって法律でつめていくものなのかもしれない。

まあ、これが素人の浅はかな私の感想である^^;
が、おそらく、そう思う一般の人は、けっこういるのでは、と。

そういった人たち(私も含めて)を説得するのは難しいだろう。

もちろん、反対に、死刑賛成派も、死刑廃止派を説得はできないだろう。

どっちがいいか分からない、決めかねる、という人が、どっちに共感するか、ということにしかならないだろう。
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ハヤシ

Author:ハヤシ
2003年から8年間、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)のサイトで、マンガ「ショパン物語」を連載してました。

商業誌でマンガ連載経験あり。

主な作品 
「音吉君のピアノ物語」(小学館・少年サンデー) 
「ご令嬢金崎麗子」(集英社・スーパージャンプ) 
「スカイプレイ」(秋田書店・ヤングチャンピオン)
ほか読み切り多数。

ちなみに「音吉君のピアノ物語」(全6巻)が欲しい方はこちらへどうぞ↓
小学館コミックス「音吉君のピアノ物語」オンデマンドのページ

書き下ろしピアノ漫画「ピアニスト」(彩図社)は現在、中古本としてアマゾンなどで流通。

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RPG「クロノトリガー」に、はまったので、「クロノ関連ネタ」もあります。

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