ハヤシのブログ

物語創作、ピアノ・ショパン、漫画、クロノトリガー、社会問題などについて語ります。

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※前の記事「美容整形について」とも、リンクするネタかもしれない・・・
というわけで、以下の記事は、某所でかなり昔に書いたものを編集したものである。

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中村うさぎの「私という病」を読んだ。

中村うさぎさんは、女性としての価値を上げるために、美容整形手術も受け、それもネタに、本にしているが・・・
こうして美を手に入れ、女性としての価値を上げた中村さんは、自分に「女性としてのお値段」がいくらくらいになるのか、数字で具体的に知りたくなり・・・
今度は、自身の「女としての性的価値、商品価値をはかるため」に、デリヘル嬢の仕事を実際に体験したという。
「私という病」は、そのことについて自己分析したお話である。

中村さんは、女としての価値をはかるために、デリヘル嬢となったわけだが・・・
その価値をはかるための指標は、どのくらい客の男から指名がとれるのか、ということになるのだろう。

すでに、中村さんの場合は、作家としての稼ぎ=自分のお値段が分かっているだろう。(つまり、原稿料や仕事の収入で、自分の能力・仕事人としての人気・価値がはかれる・・・)

が、それとは別に「女としてのお値段」がどれくらいか知りたかったのだという。
そーいえば、男の場合、自分のお値段は、おそらく「仕事での稼ぎ」で、はかれるのかもしれないし、仕事のほかに「男としての値段」などあまり考えないだろうが・・・

女は「仕事での稼ぎ」のほかに「女のお値段」があるのか・・・

いやいや、人間に値段をつけるなど間違っている・・・のだけど、やはり、人間はランク付けしたがるものである。
自分はどのへんのレベルなのか、どのくらい価値があるのか、気になる人はいるのだろう。

んで、優越感や劣等感を味わうのだろう。

それには、数字で「これくらい」と出てくれると分かりやすい。

勝ち組、負け組の線引きは、どこからが勝ちなのかが、いまいち、はっきりしない。
だから、とりあえず数字で、ということなのだろう。

自分はどのくらいの価値があるのか?と考える場合、まず頭に浮かぶのが「自分はどれくらい稼げるのか」なのだろう・・・
が、恋愛に重きを置く人であれば、自分にどのくらい性的魅力があるのか、というのが、まず頭に浮かぶのかもしれない。

つまり、どれだけモテるのか?となるのだろうが・・・
数字に置き換えて、それはどれだけの人数と「やったか」になるのか?というと・・・ちょっと違う気もするから、中村さんの場合は「いっそのこと、風俗の仕事としてお金をとって、どれくらい客から指名がとれるか、稼げるか、自分を試してみたい」ということになったんだろう・・・

自分は女としてどのくらいの価値があるのかが気になり、そういう関係の仕事をやってみて、どのくらい稼げるのか、数字で見てみる。数字が高ければ、まだまだ性的魅力がある、ということで、つかの間、安心できる・・・らしい。

人によっては「なぜ、そこまでして・・・?」という意見も多いかもしれないが、中村さんの自己分析には、なるほど、と思わせられ、共感したところもある。
そして「東電OL」(※一流大卒の一流企業の高給取りのエリート社員だったOLが、夜は娼婦として体を売り、トラブルがあったのか殺されてしまった事件・・・なぜ高給取りのエリートOLが売春を?ということで世間が注目した・・・)のことも、中村さんが一番近い分析をしているのでは、と思った。

とはいっても、自分は・・・他人から見て「自分の価値がどのくらいか」別に気にならないし、自分の価値をはかりたいともそれほど思わない。だって疲れるし、はかったところで何の得にもならないし・・・
若いときと違い、今はそういうことにほとんど興味ない。歳をとったということなのだろう(とは言っても、中村さんより年下であるが・・・)

もち、世間一般の「美や若さを保つためにエネルギーをそそぐ女性」は偉いと思うし、そういったことにエネルギーをそそぐことが楽しく、生きがいを感じる人もいるだろう。

女としての価値があれば、おいしい思いができ、優越感も味わえるのだろう・・・が、自分の場合は、エネルギーをかけて、窮屈な努力してまで得たいとは思わない。 つうか、面倒くさいのだ。それが楽しいとも思わない。興味がないからだ。

ああ、そうそう「かまやつ女」という種類の女性がいるそうだが、きっと、自分はそれに当てはまると思う。 かまやつ女とは・・・気楽が基本、服装も楽なヤツ、マイペース・・・いわゆる女らしくない、という人のことをいうらしい。

まあ、 負け犬にしろ、かまやつ女にしろ、ニートにしろ、下流人にしろ・・・ 世間が良しとする価値観からはずれて生きよう、という人にも、世間はモンクをいってくるものかもしれない。

勝ち組の人にも、嫉妬心が働くのか、世間はいろいろと意地悪だが、勝負を降りている人にも「情けない、それでいいのか」という感じで、批判をしてくる。

まあ、モンクや批判はどんな生き方をしていても付いてまわるものかもしれない。

・・・というか、世間は「生き方の分類」が好きだよなー・・・
ちょっと昔は「○○症候群」という「症候群」という言葉が流行り、生き方分類をしていたよな。
>結婚しないかもしれない症候群、クロワッサン症候群などなど・・・

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おっと・・・話をもどそう。

そんな中村さんの本は、女性側の視点からの男性へのモンクが書かれているが、男性も同じく、差別され、異性から侮蔑され不愉快な思いをさせられている人がいるだろう。容姿で差別されるのは、今や女性だけでなく、いわゆる「キモい」「キモメン」「ブサメン」といわれる男性も嘲笑され、罵倒されているのであるから、お互い様かもしれない。

ま、けど、女性のほうが、まずは容姿を問われるし、容姿コンプレックスは女性のほうが強く持っているものかもしれないが。

ところで、ほかの人はどういう感想なのだろうと興味あったので、「中村うさぎ・私という病」について書かれている日記を読んでまわった。

そのなかに「中村うさぎのやっていることは自傷行為」と書いてある日記があり、「なるほど」と思った。

たしかに、中村さんのやったことは「自傷行為」にも受け取れる。
「東電OL」も、そうだったのかもしれない。


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さてさて・・・
自分の生き方は「負け犬精神」である。最初から白旗振って降参してしまうのが、楽である。
世間の価値基準で決まる勝負に、あんまり興味ないので勝負をおりているのである。

そう、嘲笑されても別にいいかー、と思えば、楽である。
「ああはなりたくない」と笑われることもあるだろう。でも、それは、嘲笑するその人に優越感を与えてやっているのである、それでいいではないか、と思うのである。
ま、自分程度の人間を嘲笑するようでは、たいしたことの無い優越感しか与えてやれないが、よかったらどうぞ、ということである。

「得もしない代わりに、損しなきゃいいじゃん」と、ずぼらは思う。

それに比べ、中村さんは、まだ勝負しているのだなと、偉いなと思うが・・・勝負しないで降参する「負け犬人生もいい」とも思うのだ。こっちのほうが、自傷行為に走らなくて済みそうだ。

いや、でも、その自傷行為に走る気持ちも分かるし、共感する部分もあるのだけど・・・これは、その人の性格、性質だろう。んで、どういった欲望をもっているかであろう。

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では、 中村さんや東電OLのどの部分に共感できるのかと言うと・・・

仕事で成功して十分だろうと思うが、女性の場合は、それだけでは不十分、なんか性的な魅力もないと負け、というのに囚われてしまうのだという。
世間の女に求める価値がそうだから、囚われてしまうという。

それは「納得、確かにそうである」と思った。

だからこそ「負け犬の遠吠え」のような本もヒットしたのだろう。
(仕事で成功していても「女の場合は未婚で子なし、であれば負け組・負け犬だ」という世間に対し、「それは違う」とつっぱるのでなく、「ええ、負けてます。負け犬です」と認めて、白旗ふっちゃいましょう、という内容)


ま、今のワシにとっては、世間一般から見て、自分に価値があるかないかどうでもいい。
そんなことよりも・・・今は、いかに面白いクロノネタができるかのほうが大事なのである・・・
くだらないが、オタクとはそういうものかもしれん。そう、オタクは幸せである。
あんまし「世間が良しとする価値で決まる勝負ごと」に興味が無い。
だから、世間一般の人はオタクを批判しがち・・・なのだろう。

世間が良しとする価値観から背を向けている人たちに対し、何かと世間は「そういう生き方はいかがなものか?」と憂える。
けど、人それぞれ、何に価値を求めるか違うのが当たり前のような気もする。

で、なんだか・・・世間一般が良しとする価値観での勝負事にどっぷりつかってしまい、その価値観に染まってしまい、他者からの評価を気にしすぎると、不幸になってしまう気もする。

もち世間が良しとする価値観に完全に背を向けるのも生きにくいので、程ほどに世間に合わせて適当に勝負し、ゲームとして楽しむぐらいがいいのかもしれない。

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そーいや・・・ちょっと前「アラウンド40」というテレビドラマがあったが・・・

バブル世代の主人公のセリフに「幸せかどうか、私が決める」というのがあったっけ。しかも自分自身に言い聞かせるように、何度もそのセリフを言っていた。
で、その主人公のお友達は「他人からみて幸せに見えるかどうかを、かなり気にするキャラ」に描かれていた。

いやあ、「幸せかどうか、私が決める」って、ちょっとヘンなセリフである。
まず、「幸せって、感じるもので、決めるものではない」と思うけど・・・

で、幸せとは、私がそう感じるかどうかが大切で、他人や周りが決めるものではないって、当たり前のことだけど・・・(ドラマ「アラウンド40」のテーマでもあったのだろう)

周りから見て自分は幸せそうに見えるかどうかが気になり、周り=世間一般が良しとする価値観に振り回されるから、そういうセリフが何度も出てくるのだろう・・・

ま、どうしたって、やっぱ、他者の目は気になるものなのだろう。
それは、他人から見て、自分が幸せそうに見えれば、優越感が得られるから・・・なのだろうか?

だから、世間から見た「自分のお値段」も気になるのだろう。

それは「見栄」というヤツかもしれないが・・・

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また一方では、以前、「新日本人」というテレビ番組もあったが・・・

新日本人=今の若者(20代)は、見栄を張ることなく、マイペースで、身の丈にあった生活をし、本当に欲しいものしか買わず、世間の流行に惑わされることなく消費を抑えながら、堅実に暮らしているという。

バブル世代(40代前後)では、車を持ってない男性を「いまどき、車を運転しないなんて・・・」と冷ややかに見下げる傾向にあるが、今の若者は「自転車で充分。車は必要なし」と、車を持ってない人が割りとたくさんいるらしい。

生活するのに車は必需品だという人もいるだろうが、都市部では電車があるし、たしかに、車なんて必要ない。

そんな若者を、なぜか「情けない」と批判するおじさんもいたが、多くの人は若者の生き方に共感を寄せていたようである。
そう、エコのためにも、必要のない車など持つことはない、車を使わず、自転車のほうがずっといいだろう。

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そんな「見栄を張らない人」を、ラクして生きている=お気楽でいいね、という人もいるだろう。

が、見栄を張らない若者たちは、「周りの目を気にして自分を飾り立てる見栄っ張りのバブル世代」を冷ややかな目で見ているという。

若者から見たら、ドラマ「アラウンド40」のバブル世代の主人公のセリフは、「何で当然なことを言ってるんだ?」と不思議に思ったかもしれない。

そして・・・
また、こうも言えるかもしれない。「見栄を張れるなんて、余裕があるんだね・・・」と。

見栄っ張りな人・・・裏を返せば、見栄を張る余裕があるなんて、ずいぶんお気楽にも思えるかもしれない、貧困層が増えつつあるこの格差社会の中では。



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ハヤシ

Author:ハヤシ
2003年から8年間、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)のサイトで、マンガ「ショパン物語」を連載してました。

商業誌でマンガ連載経験あり。

主な作品 
「音吉君のピアノ物語」(小学館・少年サンデー) 
「ご令嬢金崎麗子」(集英社・スーパージャンプ) 
「スカイプレイ」(秋田書店・ヤングチャンピオン)
ほか読み切り多数。

ちなみに「音吉君のピアノ物語」(全6巻)が欲しい方はこちらへどうぞ↓
小学館コミックス「音吉君のピアノ物語」オンデマンドのページ

書き下ろしピアノ漫画「ピアニスト」(彩図社)は現在、中古本としてアマゾンなどで流通。

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