ハヤシのブログ

物語創作、ピアノ・ショパン、漫画、クロノトリガー、社会問題などについて語ります。

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「劣等感について(その1)」の続きというか・・・追記と補足。

前回の記事「劣等感について(その1)」では
「今は劣等感すらなくなった」と書いたが・・・

今の自分に、劣等感がなくなってしまったのは、「自分のことも別にどうでもよくなってしまったから」でもあるかもしれない。
・・・劣等感を持っているということは、自分にまだ関心があるということでもあるのだな・・・

なので、劣等感がなくなったからといって、自己肯定できるようになったわけではない。
「どうでもいい」ということは、そういうことだ。

でも「どうでもよい」と言いつつ・・・
こんな自分がそこそこ快適に生活できるのもありがたく思えるし、それなりの幸せ感はあるのである。

自分のことはどうでもいいと思ても、不快なことは嫌なのである。
どんなに自分を捨てても、脳や神経が生きている限り、なにかあれば生理的苦痛や不快は感じてしまう。
なので、不快さや苦痛がないだけでもいいのでは、ありがたい、と思えるようになってしまっただけのことである^^;

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「美の感覚」について。

美の感覚が刷り込まれていない幼い頃、見慣れた顔には安心し、見慣れない顔には警戒する。安心できる顔は、その子供にとって「良い顔」ということになるだろう。

美しいか、醜いかは関係ないのだろう。
というか、「醜い」という感覚は持ってないだろう。
世間(周り)が「その顔は悪い、醜いのだ」と教えるのかもしれない。

そして「美」というものを、世間から教わり、自分もそうありたいと思うようになるのだろう。
美しくなれば(カッコよくなれば)得することが多く、優越感を得られることを知るようになる。
反対にそうでない人は、バカにされやすく、下に見られやすいことも学ぶ。

そうやって、多くの人は外見を気にするようになるだろう。

美しくなるには、やせるためには、ということで、いろんな商品が売れるだろう。

美への劣等感は、多くの人がもっているだろう。というか、持たされてしまうんかもしれない。

その劣等感をちょいと刺激してやり・・・
多くの人に、「こうすればレベルアップできる。もっとセンス良く、美しくなれる。やせられる。カッコよくなれる」と宣伝すれば、その商品は売れるのだろう。

で、皆が興味を持っているものや欲望は、同じであってくれたほうが、商売として当たりやすい。
「美、カッコよさをとことん求める人、モテたい人が大多数」であってほしいし、できるなら「同じ感覚」であってほしいだろう。そのほうが「売れそうな商品」が絞れる。

商業主義の社会としては、劣等感こそ、商売のネタ・・・になるのかもしれない。

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さて・・・
ちょいと話題がずれるが、「容姿関連ネタ」ということで語ろう。

以前NHKの、ある番組で、アメリカ軍の兵士を訓練する場面があった。

兵士といえど、人間なので、やはり同じ人間を殺すのは抵抗があり、同じ人間に向けて、銃撃できないらしい。その迷いが勝敗を分けてしまう。
ので、ベトナム戦争時、新兵の白人を訓練するとき、こう言ったという。
「敵(黄色人種のベトナム人)は、目が細い。我々の目とは違う。だから、あいつらは人間ではないのだ。我々と同じ人間ではないのだから殺すのに迷うことはない」というようなことを。

「顔(容姿)が我々と全然違う」=「だから我々と人間ではない」=「殺していい」
恐ろしいことである。

今だって、「やっぱり白人さんはきれい。カッコいい」という感覚があり、それに較べて黄色人種は、平面的な顔で、プロポーションも悪い、外見がいまひとつ、という感覚がある。

ま、自分が生活する圏内で、警戒されるほどの外見でなければ・・・生活に支障をきたすわけでもなく、外見のせいで誰かから危害を与えられるわけでもなく、なので良しとしよう・・・

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「幸せを感じるレベル」について。

前の記事にて
『幸せを感じるレベルが下がったので、劣等感も「どうでもいいこと」になってしまったのだ』と書いてしまったが・・・

前の記事「価値観の押し付け」の中でも・・・「幸せ」について、このように語ったっけ。

『自分もこの歳になり・・・いろんなものにこだわりがなくなってしまったせいもあるが・・・
とりあえず健康で、安全(まだまだ治安はいいほうだろう)で、飢餓の心配もなく、病気になればある程度の治療も受けられるし・・・それほど困るわけでもない生活ができれば幸せなのでは』と。

というわけで・・・
もうちょい、この「幸せ」について、自分の感じ方や考え方を語ってみよう。

現在の自分は・・・歳をとり、体力気力、さまざまな能力が衰え、「幸せを感じるレベル」が下がったのかもしれない。

体力はなくなったが、体にどこか痛みや不快感があるわけでもなく、健康であればそれでありがたい、と思えてしまう。

で、できるだけ消費しないケチケチ生活ではあるが、それで困っているわけではないし、不満を感じるわけでもなく、従って、もっと上の生活をしたいわけでもないし、満足している。(だって・・・水道、電気、ガス、水洗トイレ、シャワー、エアコンが使えるし充分快適である。金があまりかからない暇つぶしには、PCやテレビがあるし、本やDVDは図書館やレンタル店があるし・・・)

なので、以前の記事「価値観の押し付け」でも取り上げた・・・消費しない人を「上昇志向がないため」というのも、間違ってはいないのだ。現在の自分のようなケースは、これに当てはまるだろう。

若い頃は、「お金が欲しい」「人に認められたい」「同じ道を行く仲間がほしい。刺激し合いレベルアップしたい。そのための付き合いは積極的にしたい」などなど・・・欲=向上心もあった代わりに、かなりガツガツしていた。
もち、それはそれで良かったと思う。楽しかったし、刺激的で、充実していたと思う。なので、それはそれで、やっぱり幸せであった。

で、欲がなくなってしまった今は、劣等感や不満も感じることもなく、従って向上心もなくなった。
が、劣等感や不満を感じずに過ごせるのは、ありがたいことである。

って、これも「負け犬の遠吠え」なのかもしれないが・・・(苦笑)

ところで、もっと歳をとり、欲がなくなったら、さらに満足度=幸福感を簡単に得られるのかというと、そうとも言い切れない。もしも健康面が害されたら・・・不安を感じるようになり、それはそれで幸せ感はもてなくなっていくかもしれない。歳をとれば、健康を害することは多くなっていくだろう。

死までの苦痛、不快感、生活面での不便さ、などなど、いろいろ考えれば不安要素は満載。

将来は決してばら色ではなく、もっと衰えていき、やがて生活することもままならなくなり、呆けたり、排泄も一人でできなくなり、見えにくくなり、聞こえにくくなり、手足が不自由になり、いろんな病気をかかえるかもしれず、不快なことや苦痛が待っているだろう。

そんな将来を考えれば、そう明るい気持ちにはなれない。
けど、とりあえず「そうではない今」はありがたいとも思える。

いやあ、病気の不安、不快感や苦痛を感じずに、ラクに死ねたらいいな、と思う・・・
そう、実は自分が望んでいるのは「ラクに寝ている間にポックリいけたらいいな」ということだけである。この死に方が得られるのなら、得るための努力は惜しみなくするのに。

・・・って、なんて暗いことを考えるんだ、と思われるかもしれないが、やりたいことは全てやった満足感から、後はラクに死を迎えられたらいいな、と甘いことを思ってしまうんである。



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ハヤシ

Author:ハヤシ
2003年から8年間、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)のサイトで、マンガ「ショパン物語」を連載してました。

商業誌でマンガ連載経験あり。

主な作品 
「音吉君のピアノ物語」(小学館・少年サンデー) 
「ご令嬢金崎麗子」(集英社・スーパージャンプ) 
「スカイプレイ」(秋田書店・ヤングチャンピオン)
ほか読み切り多数。

ちなみに「音吉君のピアノ物語」(全6巻)が欲しい方はこちらへどうぞ↓
小学館コミックス「音吉君のピアノ物語」オンデマンドのページ

書き下ろしピアノ漫画「ピアニスト」(彩図社)は現在、中古本としてアマゾンなどで流通。

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RPG「クロノトリガー」に、はまったので、「クロノ関連ネタ」もあります。

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