ハヤシのブログ

物語創作、ピアノ・ショパン、漫画、クロノトリガー、社会問題などについて語ります。

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映画「ブタのいた教室」が話題になっている。「ブタのPちゃんと32人の小学生」が原作。

その内容とは・・・

大阪の小学校のある学級で、ブタを食べるために、飼育することになったが、ブタを飼育するうちに、ブタに感情移入してしまい、ペットのような存在になり、食べることに抵抗を示す生徒がでてきて・・・ブタをどうするか、食べるのか?という議論になり・・・みんなが下した結論は?・・・

という実話らしい。

さて、私も・・・ペットのようになってしまったブタは、やはり食べられないだろう。
ペットと、食べるための動物・・・つまりどっちも人間のために利用される動物であるが、ペットと、食用の動物、人間の生活のために殺される動物は、やはり切り離して考えないと、難しい。

ずっと以前、話題になった「坂東さんの子ネコ殺し」(※作家の坂東真砂子さんが、飼っていたネコに避妊手術をさせず、生まれた子ネコを飼いきれないので自らの手で殺したということを告白し、それが問題になった)の件と、ちょっとリンクする気がする。

当時も、その件について、いろいろな意見を見聞きした。
子ネコを殺した坂東さんを非難する声が圧倒的に多かった。

が、中には「避妊手術も人間が勝手に行う行為であり、殺すことだけを責められない」「ペットを飼い続けることができず、保健所に引き取ってもらい処分されることも多いのだから、坂東さんを非難できない」「坂東さんを非難している人は偽善者だ」というものもあったようだ。

しかし、だからといって「殺していい」とはならないし、それを認めたらいけない気がする。
偽善と言われようとだ。

「お前は肉を食べているだろう。食用ではない野良猫や野良犬などもたくさん殺されている。所詮、動物は人間のために利用されている存在なのだ。人間のより良い生活のために、人間のエゴのために動物は殺されているのだ。お前もその恩恵に与っているのだ。よって、動物を殺す人間を非難できない」と言われても・・・

だからペットを殺していい、とは思えない。

他の人も言っていたが、まず、ペットと、食用の動物、野良犬野良猫など人間に害を与える動物は切り離して考えないと、収拾つかない。

そして、この小学生たちは「生きるための生活手段」としてブタを飼ったわけではない。しかも名前もついてしまい、よって、ペットのような存在になってしまったわけで、いくら最初は食用目的だったにせよ、割り切れるものではない。「食べることが出来ない」というのは当然の感情であり、偽善ではない。

「他のブタなら食べるために殺していいのか?」という問いも、「もちろん、そうだ」ということだ。

さて、実話のほうのブタは・・・結果はどうなったのかというと・・・
以下、ネタバレ
小学生たちが卒業を控え、卒業前に結論を出さないといけなくなり・・・4つの選択肢があったようだ。

1.下級生に引き継ぐ
2.食肉センターに持っていく
3.農場で飼ってもらう
4.自分たちで食べる

しかし、餌代が月5万円もするので、下級生や農場に押し付けるわけにはいかない。
下級生に引き継いでもらっても、同じ問題が出てきてしまう。

というわけで
結局食肉センターに送った・・・らしい。

自分たちで食べるところまではいかなかったようである。
が、食用にする、と決断したのなら、最初の「食べるため」ということを実践すればいいのに、とも思った。
食肉センターに送った=殺される運命となったのに、自分たちで食べるところまでいかなかったとしたら・・・最後まで見届けなかったことにもなる気がする。
もちろん、傷つく子もでてくるから、食肉センターにお任せ、ということになったのだろう。

つまり、このブタは飼っているうちに、食用と割り切れず、ペット化してしまったということで・・・
これは、ペットを飼い続けることができずに、保健所に送った、保健所に処分してもらう(殺してもらう)のと変わりないのでは?と。

が、このことにより、子供たちが、こういった動物の命をいただいていることになる食べ物は粗末にしない気持ちになれたのだとしたら、それはそれよかったのかもしれない。

けど、飽食の世の中、ダイエットが叫ばれる世の中で、食べ物を粗末にしない、残さないことをずっと実践し続けていくのは難しいかもしれない。

いや、難しい問題だけど・・・

厳しいことを言えば
最初の目的はどうであれ、ペットとなってしまったブタを食肉センターへ送ったのは、面倒を見切れずにペットを保健所へ送ったのと同じような気がした。

基本的に、ペットを殺してはいけない、と思う。
食用としての家畜を飼っているのとは違う。
最初の目的が「食用」だったとしても、小学生が600日も、そのお世話をすれば、愛着がわき、ペット化するのは当然である。

もちろん、こういったペットも所詮は人間の愛玩具なのだろう・・・
人間の都合で、動物の運命は決まるし、ペットへの愛着も人間の勝手な感情だろう・・・

そして・・・
「元ペット」だった多くの動物も、そこいらに捨てて野良化させるわけにはいかないので、保健所で処分されているのも現実なのだろう。

で、「保健所で殺されている動物について、どう思うか?殺してはいけないと思うのか?」と問われれば、「保健所での処分は仕方ない」と答えるだろう。
それでも殺さずにすむ道があるのなら、できるだけその道を選んで欲しいと思うだけである。
というか、飼い主に「最後まで面倒みないのなら、最初から飼うな」としか言えない。

ところで・・・今、話題になっているので、この記事のタイトルは「映画のほうの作品名」にしたが、映画のほうの結末は、見てないので知らない。
というか、これは映画感想ではないし・・・カテゴリーは「社会ネタ」ということになるのかな。

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追記

新潟の小学校でもリアル「ブタのいた教室」があったようである。3匹飼い、名前が付けられたそうだ。
まあ、飼ったのは2ヶ月間だったらしいので、「ブタがいた教室」の原作「ブタのPちゃん」の600日とは、ブタへの情の移り方はちがうだろうけど。

最後、食肉センターへのトラックに積まれるときに激しく鳴いて抵抗したというブタ・・・
もしも、自分が小学生だったら、ブタはしばらく食べられなくなったかも・・・食べることに罪悪感や嫌悪感を抱いたかもしれない。「食と命の大切さ」を考えてほしいと言われても、飢えるということを知らない環境だから・・・
ましてや、今は「痩せていることが良し」という時代。この年頃の女子であれば、健康のことよりも、いかに体重を増やさずにできるか、痩せることが出来るか、に心が行ってしまうし、できるだけ食べないようにしよう、と考えてしまうだろう。そこに食べることへの嫌悪感が加わってしまったら・・・と、ちょっと危惧してしまう。
いや、もちろん、「食と命の大切さ」を真剣に考えるいい機会になることもあるだろうけど。

それにしても・・・なぜ、こういった「食と命の教育?」に使うのが「ブタ」なのだろうか。
まだ鶏のほうが、ショックが少なく済むのでは、とも思う。


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「坂東真砂子さんの子ネコ殺し告白その1」
「坂東真砂子さんの子ネコ殺し告白その2」
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ハヤシ

Author:ハヤシ
2003年から8年間、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)のサイトで、マンガ「ショパン物語」を連載してました。

商業誌でマンガ連載経験あり。

主な作品 
「音吉君のピアノ物語」(小学館・少年サンデー) 
「ご令嬢金崎麗子」(集英社・スーパージャンプ) 
「スカイプレイ」(秋田書店・ヤングチャンピオン)
ほか読み切り多数。

ちなみに「音吉君のピアノ物語」(全6巻)が欲しい方はこちらへどうぞ↓
小学館コミックス「音吉君のピアノ物語」オンデマンドのページ

書き下ろしピアノ漫画「ピアニスト」(彩図社)は現在、中古本としてアマゾンなどで流通。

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